でもその日、帰るととても、とても悲しいことがあったんだ。



いつものように玄関のドアを鍵で開ける。
すると、中で男の人の声が聞こえた。

お母さんが、家に男の人を連れてくるのはいつものこと。
もちろんいい気はしないけれど、お母さんの勝手だって、そう思ってる。

でも、無視していればいいなんて、そんなの甘えでしかなかったんだ。


リビングを覗くと、仕事中のように濃い化粧をして、着飾った母がいた。
そして、その向こう側には金髪の、怖い感じの人がいる。


「唯、帰ってきたんでしょ?」


そのドアが開いて、いつもより高い声の母が笑顔で私を迎える。
その笑顔に、私の心は切り裂かれそうになる。

あまりにも、作り笑いだと分かる笑顔だから。

その作り笑いが、あなたなんて要らないんだと言っている気がして。


「紹介するわ。この間言っていた人。大路魁人(おおじ かいと)さん。」


記憶を巡らせてはっとする。
もしかして、この人。
お母さんが前に、結婚するって言っていた人じゃ……。


「何?娘いるなんて聞いてないんだけど。」

「え!話したわよ、前に。」

「は?知らねー。」


私と目を合わそうともしないその男。


どうして母はいつも、こうなんだろう。


お父さんとは正反対の人ばかり、選ぶのだろう。




「よろしく、お願いしま、」

「あっち行け。」




冷たい言葉を浴びせられるのには慣れている。
でも、この人がこれからずっと家にいるのだと思うと、重苦しい気持ちになる。

だけど、このときの私は信じていた。
大路さんがこの家に来たことで、少なくとも母からの虐待はなくなるんじゃないかって。


こんなにも人間の怖さを知っているはずだったのに、おかしいね。

でも、やっぱり信じていたかったんだ。

お母さんのことを、お母さんが選んだ人のことを。


お母さんが幸せになれるなら、どんな苦労も厭わない。

このときは、本気でそう思っていたから。