帰ると、玄関の前に座り込んでいる母を見付けた。

やっぱり、先生に送ってもらわなくて良かったと、心から思う。


同時に、母親に対して申し訳ないという気持ちが沸いてくる。

歩いていても寒いのに、こんなところで寝ていたら……。


「お母さん、ごめんね。」


両側の頬を涙が滑る。

どうしてこうなっちゃったんだろう。

お母さんに罪はないんだ。
この人をこうしてしまった、運命がいけないんだ。


「お母さん、起きて。」


揺さぶると、うめき声を上げながら母が起きた。

起きて、私の姿を瞳に映すと同時に、条件反射のように私をぶつ。


「何してんだよ。……こんな時間まで。」


「ごめんね。」


「お前だけ幸せになるつもりなのかよ。」


酔っ払っているはずなのに、妙にはっきりした口調で母が言った。
その言葉に、私の心はぐらぐらと揺れる。

その通りだったから。
私は、先生といたときお母さんのことなんて忘れていた。
すべてを忘れて、幸せだった。

だけど、本当はそんなこと、許されないんだ。

私のせいで不幸にしてしまったお母さんよりも、幸せになるなんて。

例え、その幸せが一瞬のものだとしても。


「ごめんね、お母さん。」


母は玄関先で、私を思い切り突き飛ばす。

下駄箱に背中を打ちつけて、立っていられなくなる。


「ごめんね。」


立てない私を無理矢理立たせて、もう一度突き飛ばして。

段々、痛みの感覚も薄れてくる。


――先生。


目の端からつーっと涙がこぼれる。

今、あなたは家族と笑っているのかな。
あの太陽のような笑顔を、惜しげもなく愛する人にこぼしているのかな。

泣けば母は逆上する。
そんなの分かってるけど。

どうしても涙が止まらなかった。


――助けて、先生。


どうしてだろう。
前はこんなに悲しくなかった。
諦めようって、すぐに思えたのに。

すがりたい人がいると、何もかもその人につなげて考えてしまう。
そして、余計つらくなるんだ。

無抵抗に母に殴られながら、私は先生の後姿をひたすらに思い描いていた。