「先生は何歳ですか?」


私は、前からずっと気になっていたことを尋ねた。

今なら、聞いても許されるような気がしたんだ。


「内緒です。」


「えー。」


予想していたけれど、その答えは少し残念だった。

先生は、年齢不詳だ。


決して若くないのは分かるけれど。


それに結婚しているんだ。
子どももいるかもしれない。


先生は太ってもいないけれど、痩せてもいない。
背もそれほど高くないけれど、私よりは少し高い。

なんだか、包み込まれたらあったかそうな体型をしているんだ。


そう、一度でも先生の腕に包まれたら。
私はきっと、過去も未来も忘れていられる。



「笹森さんの秘密を教えてくれたら、教えますよ。」


「私の秘密、ですか。」


「そう。笹森さんの秘密。」



そんなこと言ったって。
私、秘密だらけで。

到底人に明かせるものじゃないし、明かしたらきっと、その人は私のことが嫌いになる。
こんなに弱虫で、中途半端な私のこと。



「すみません。そんな顔しないでください。……早く食べないと麺が伸びますよ。」


「はい。」



覗き込んだラーメンのどんぶりの底が、ぐらりと揺れる。

こんなにも温かいと、うっかり話してしまいそうになるよ。

何もかも、先生に打ち明けたくなるよ。



「泣いてもいいです。頑張らなくていいんです。」



先生の声に、思わずこぼれそうになった涙を、唇を強く噛んで堪える。
泣いたら、私の秘密が先生に分かってしまうような気がして。



「……強情ですね。」



先生は、呆れたようにつぶやいた後、ラーメンのスープを飲み干した。

飲んじゃうんだ――

そんなこと考えていたら、またふつふつと笑いが込み上げてきた。



「……っくくく……ふはははは」



「可笑しいですか?」



「可笑しい、です。ふふっ。」



そんな私に、先生はまた、包み込むような笑顔を向けてくれた。



「食べたら帰りますよ。」


「はい。」



本当は、帰りたくない。
先生と、こんな時間を過ごしてしまった後では。

人の温もりを、知ってしまった後では。


だけど、先生を困らせたくないんだ。

先生に「特別」な生徒だと思われたくなかった。



本当は逆なのだろうか。
普通は、特別に思われたいと願うものなのだろうか。


でも、私は。
特別な事情を背負った生徒だから、同情で優しくしてくれるなんて意味がない気がして。



私の分までお金を払ってくれた先生に、お金は、と尋ねると笑顔で首を振った。


「今日は教室に来られた上に、補習を頑張ったので。ご褒美です。」


そう言う先生の笑顔につられて微笑んだ。


結局は、先生の同情も好きなんだ。

先生の気持ちなら、どんなものでもいいんだ。

私に笑顔を向けてくれるなら、どんな関係でもいいんだ。



先生は、いつからこんなに大事な存在になったのだろう。

ずっと前から知っていたような気がするけれど、本当は図書館で出会って、今日初めて再会した。


不倫とか、そういうことをする人は軽蔑していた。
そんな愚かな恋をするわけないって、そう思っていた。


だけど、今―――


先生に守られる人が、羨ましい。



そう考えると、止まった涙がまた流れそうになって。

私は慌てて、ごちそうさまでした、と先生に一礼した。