呆然と、その人の後姿を見つめる。


「この子を借りてもいいか?金なら払う。」


「いいけどその子、未成年よ。危ないことしたら知らないから。」


その人は、財布から何枚も札を抜き出して、優妃さんに渡した。




その後ろ姿が、涙に滲んでいく。




「さあ、」




懐かしいその声で、温かいその手で私の手を引いて。

居心地の悪い店から抜け出した―――



「っ、」



涙が止まらなくて。

あまりにも、あまりにも嬉しかったから。

切なかったから。



「もう、泣くな。」



その人は、切なく笑って言った。
最後に見た時よりも、明らかにほっそりした横顔で。



「もう、大丈夫だから。」



優しい優しいその声。
その温もりに、どれほど、どれほど会いたかったか。



「先生……。」



「何も言うな。何も訊かないでくれ。今はまだ、何も話せない。」



そんなこと言われなくても、胸が一杯で何も話せないよ。

先生に会えたら、また会うことができたなら、言おうと思っていたこと、たくさんあるのに。

伝えたいことは、山ほどあるのに。

先生がこうして、目の前にいるだけで、それだけであまりにも満たされて―――



「これだけは、約束してくれ、唯。」



先生は、私の手を強く握って言った。



「もう二度と、こんな仕事しないでくれ。お願いだ。……これは、教師として言っているのではない。」



先生は、確かに私の知っている話し方ではなかった。
落ち着いた敬語ではなく。
少し乱暴で、男っぽくて。



「私という人間として言っているんだ。」



うなずく。
何度も何度も。


私だって、あんな仕事したいわけない。


だけど、きっと耐えられたんだ。

先生に会う前なら―――


だけど今は、先生に会う前のように生きることはできないから。

そんな覚悟はないから。




「わかった。約束する、先生。」




「いい子だ。」




私の家のそばの公園まで、送ってきてくれた。


先生が隣にいるのが、夢みたいで。


もう何も、考えられなかった。




「では、私はこれで。」




月の光の中で、先生は立ち止まることもせず、去って行く。

その背中が闇に消えそうになる頃、私は思い出したように叫んだ。





「先生!」





そのとき振り返った先生の顔は、よく見えなかった。

月の光が明るすぎて、先生の顔は陰になっていたんだ。



小さく手を挙げて、何も言わずに去って行く先生。



追ってはいけないんだと、私は知っていた。




「先生……。」




いつでもあなたは、私を救ってくれるけれど。


それはどうして?


どうしてなの、先生。




涙がとめどなく頬を濡らして、私はその場に膝をついて、子どものように泣きじゃくっていた。