渡瀬の言葉を両断するように、逢坂が怒声とともに渡瀬の横顔を殴りつけた。口内を切ったのか、渡瀬は血の混じった唾を真っ白な雪にプッと吐くと、手の甲で口元を拭って殴られた頬をさすりながらクスリと笑った。


「痛いな……透兄さんはそんな乱暴な人じゃないでしょう?」


 あの展示会で沙樹と見た倉野隆の遺作の写真が、まさか死の直前のものだったと沙樹が知ったらと思うとやるせなかった。


「お前みたいな下衆と同じ血が流れていると思うだけで吐き気がる」


「くっ……」


 ナイフを持つ手に力がこもると、渡瀬が顔を歪めて今にも爆発しそうな憤りに震えた。


「倉野隆と同じ轍を踏むことを心から悔やんだらいいよ」


「俺を殺すのか……?」


 すっかり冷え切った逢坂の四肢に既に感覚はなかった。


 心臓をひと突きされても麻痺して痛みを感じないかもしれない―――。


 とそう思った時、ふと逢坂の脳裏に沙樹の姿が浮かんだ。


 ―――逢坂さん、今度もう一度あのビルで……ううん、どこでもいい、一緒に朝日の写真撮ってくれませんか?


 ―――約束ですよ?