「……ねえ、ゆりさん」
「はい」
私は飲んでいたカップを置いて、前を向くと───八千代さんは目を細めながら、なつかしむように小さく首を傾けて、言った。
「私ね、時々……とても懐かしい、大切な思い出が浮かぶのよ」
「……」
「けれど、その思い出はふともう一度思い出そうとしても、霞んでいくばかりで。
白いカーテンが揺れているのが見えて───薬独特の匂いがして。
それから───……」
そこまで言って、八千代さんは困ったように眉をハの字にすると、
「思い出せないわ……とても大切なことなのだと思うんだけれど」
「……そうですか」
その記憶は───その、大切な思い出のカケラは。
きっと皐月くんとの、優しい時間だったのだろう。



