人とは儚い。
あっという間に散ってしまう。
それ故誠に愚かで、美しく、私の心にこんなにも灯る光に成った。






何時の事でしょう。

それは凍てつくような冷たい風の吹く季節。

木々の葉は枯れ落ちて、すっかり寂しいものとなりました。

私は妖の中でも力の強い部類に入る九尾という妖狐でした。

此処は山の奥深い場所、妖怪達が住み着いてるということで中々に有名な場所であります。

夏になれば生い茂る草木に木々の隙間から入る日の光に照らされ輝く滝、とても美しい山でした。

私は此の山に古くから住み着き、暮らしてきました。

変わらない日々に少し退屈を覚えていたそんなとき、一人の人間が此の山に現れました。

妖の彷徨く山に踏み入れるなど、実に愚かなのでしょうか。

そしてその人間は私の住み処までやって来ました。

笠で顔を隠し、着物の様な服を纏い、札と鋭利な刃物を持っていました。

道中、妖を殺ってきたのでしょう、酷く濃い血の臭いをつけていました。

「おい妖狐、私は妖怪を滅する身の者。私は今からお前の命を奪う、しかし、お前の力は強力だ、それ故私の式となりて私と共に歩むとならば、命は助けてやろう」

声からして女でしょう。
以外にも人間は、幼く、よく透る、可愛らしい声をしていました。

雪でも降りだしそうな天気、一つ大きな風が吹き私の髪を揺らします。

私はあまりに可笑しくて思わず笑ってしまいました。

人間風情が、ましてやたった一匹で此の私に挑みに来たのだから。

それほどに私には力と知恵とがありました。
「人間の小娘、御前は実に愚かね、笑わせてくれるじゃないの。人間風情が妖怪を使役しようだとは、虫酸が走るわ!!」

私は殺気をほとぼらせ威嚇しました。
大抵の人間は畏れを成して腰を抜かすものですが、その人間は珍しく平常心を保っていました。

私が普段の獣の姿ではなくて、人の形をとっていたからでしょうか。

確かに、綺麗な刺繍の施された着物に身を包んだ、赤い目に黒い髪の見目美しい少女がどれ程に威嚇をしたとしても、あまり恐くはないでしょう。

「おや人間、恐くないのか?」

私は口元を歪めて微笑みを浮かべました。

それはそれは勝ち誇ったな様な笑みだったでしょう。

「質問に答えろ。私の式となるか、それとも此処で死ぬかだ」

「ふふっ、あははは。決まっているではないか、答えは否だ」
「ならば死ね」

そうして私と人間は一晩戦い続けました。

結果は私の敗けでした。

あれほどに悔しく、憤り憎悪を抱いた事はありませんでした。

人間は恐ろしく強かったのです。

私はボロボロになって、やはり若かったので命が惜しかった。

殺される、そんなのお断りです。
だけど命乞いなどしませんでした。

その代わり、その人間と私は契約をしたのです。

人間の言う事に従い言うことを聞く。
その代わりその人間が死んだ時、私は人間を喰らうと。

力の強い人間を喰らえば当然力は増します、私はその契約を認めて、契りました。

人間などもって百年程度、そんな存在です。

「人間よ、お前の名は何というのだ」

私は人間に尋ねました。

「私の名は、葵」

「葵、か。人間風情には勿体無い名だな」

人間の名は葵といいました。

葵は妖怪を祓う身として生まれたそうです。

力の強さ故、人の友達は少なく、小さい時から親の元を離れて暮らしてきたそうで、妖怪をひどく憎み恨んでいました。

「ふふ…、人間とは実に薄情なものだ」

「そうね」
「おや、反論すると思っていたが、随分と素直だな」

私は肯定をした葵を少し驚いた目で見ました。

あの時の葵の目を私は今でも覚えています。

絶望と怒りと哀しみの溢れた何処を見ているのかも分からない、酷く虚ろな目でした。

ゾッとしました、獣の様な餓えた目に。
それと同時に私はその目に惹かれてしまったのです。

何て美しいのだろうと。

「葵、お前と私は似ていると思わないか?」

私は赤い目を細めて微笑みました。

葵は此方を少し向き、心底嫌そうに吐き捨てました。

「お前と私が似ている?一体どこが似ていると言うのよ」

契りを交わしてから見せた葵の年相応の少女らしい口調に、やはりまだまだ幼いなどと思い、私はクスリと笑ってしまいました。

「私もお前も力を持ちすぎている。それ故我らは異形」

異形、という言葉を聞き葵は目を見開きました。

そして強く唇を噛み締めて私に口調を荒げてこう言い放ちました。

「私は異形なんかじゃない!私は人間よ!」

目からは雫を溢していて、その時私は人間とは、実にコロコロと表情を変える面倒臭い生き物だと思いました。

「泣くことはないではないか」

私は困ったように溜め息を吐いて空を見上げます。

木々の間から日が射し込み、何とも心地の良い事でしょう。

「葵、私はお前が死ぬまでの間傍に居て、お前に仕えるが、それは形だけの事。お前が死ぬその時、お前は絶望に染まった表情で私を憎むことであろう」

私は愉しげに獲物を狩る肉食獣の様に目を細めて微笑みました。

それからというもの私は不本意ながら人間の葵に仕えて、同族の妖怪を殺す手伝いをして暮らしました。

悔しい事に葵と過ごす時間は輝いていて、共に過ごした時間は温かく、一度は殺しあった見にもあらず、私は葵に心を開きました。

私と葵の力に敵うものなどそうそう居らず、人間に害の成す妖はほとんど居なくなりました。

そしてある時、とてつもなく強く人間離れした美しい女と人の姿をした九尾がいるという噂を聞き付けた人間達が私と葵の前に現れました。

その人間達はかつて葵の暮らしていた村の住人でした。

そしてその中には、葵の親も居ました。
私が不快そうに顔を歪めるなか、葵は父の姿を見付けて涙を流し歓喜していました。

「父様!私です、葵です」
葵は溢れそうになる涙を拭って父親に駆け寄り、幼児の見せる様な無邪気な笑顔を浮かべました。

しかし、葵の父親はまるで薄汚れた獣を見るような目で葵を見つめました。

夏にも関わらず、冷たい風が吹くようでした。