「どうした? まだ帰りたくない?」
「いや、あの、これは……!」
Tシャツを掴んだままの私の手を有川くんがまじまじと見つめてきて、狼狽えながらその手を離した。
……恥ずかしい。
私、何やってるんだろう。
引き止めて、何がしたかったんだろう。
……いや、そこにはきっと、大した理由なんてないんだ。
ただ、有川くんともっと一緒に居たい。
もう少しだけ、この時間が続いてほしい。
そんな思いが、私を突き動かしただけだから。
――有川くんが、好き。
とても単純な気持ちが、私の中に存在している。
……ただ、それだけのことだから。
「……っ、」
ああ、馬鹿だな。
どうして、完全に自分の気持ちに気付いてしまったんだろう。
私にとって、有川くんは……。
チャラくて、うるさくて、いつもへらへら笑っていて、ときどき何考えてるのか分からない人。
この人は、そんな私の嫌いなタイプを絵に描いたような人だった。
だから、好きなんかじゃなかったのに。
いつ、気持ちは変わっていたのだろう……。
「……なあ、佳乃ちゃん」
引き止めた恥ずかしさと自分の本音に戸惑って俯いたままの私を、有川くんは柔らかな声で呼ぶ。
導かれるように顔を上げれば、すぐ近くで目が合った。
にこりと微笑んだ表情は幼く見える。
それに見とれていると、有川くんの手がすっと伸びてきた。
彼の手が、私の長い髪を弄ぶ。
骨張った指先は次第に上へ登って、顔の輪郭を確かめるようになぞった。
もう片方の手は、優しく頭を撫でてきた。
ちゃんと目の前に居るのに、その手は存在を把握するように私に触れてくる。
私はただ、言葉を失ってそれを見ていた。
触れてくる手を拒むこともせずに。



