……本当に、意気地無しすぎるよ。
スマホの画面を待ち受けに戻して、溜め息と一緒にバッグの中に放り込む。
そしてちょうど目の前で開いたドアをくぐり、電車に乗り込んだ。
車内は混雑していて、席はすべて埋まっていた。人気を避けるために、ドアの近くの車両の隅に寄る。
壁に背中を預けると、電車が動き出した。不安定な身体が揺れて、慌てて近くの手すりを握る。
そして、ふと、前を見た瞬間。
安定した身体とは反対に、今度は心が揺れたような気がした。
――だって、視線の先に有川くんが居た。
幻想ではなくて、ちゃんと本物の彼が。
「有川くん……」
唇は確かに彼の名前をかたどったけど、声は咄嗟に理性が働いて引っ込んだ。
だって、気付かれちゃいけない気がしたから。
……同じ車両に乗っている、女の人と一緒に居る有川くんに。
車両の前方のドア付近に、有川くんと女の人は立っていた。
つり革に掴まって立っているたくさんの人の隙間から、ときどき2人の姿を確認出来る。
幸いまだ、有川くんは私に気付いていないみたい。
……良かった。電車が混雑してて。
私はたまたま気付いたけど、人の影に身を潜めていれば、きっと有川くんは気付かないはず。
……というか、あの感じなら私には気付かないだろうなあ。
有川くんの隣に居る女の人は嬉しそうな顔で、ずっと小声で有川くんに何かを話している。
有川くんはそんな女の人に笑顔を向けて、話に耳を傾けていた。頷いたり、ときどき口を開いて答えている。
そんな調子で話に夢中みたいだから、きっと気付くことはないだろう。
とりあえず、そのことに安心した。



