「えっ、じゃあ……。佳乃はその人が嫌いすぎて思い出すっていうこと?」
「いや、そういう意味ではないっていうか……。嫌いだけど、一時は仲良くっていうか関わってた人なの。その……告白もされたことがあって……」
「えっ!! 告白されてるの!?」
ちえりの出した大きくてよく通る声に、慌ててしーっと指を立てる。いくら周りが騒がしいとはいえ、ここは一応食堂だ。
知り合いに聞かれるとかそういう心配ではなくて、大勢の人から変に注目はされたくない。
険しい顔つきで注意すると、ちえりも顔の前に手のひらを立てて謝っていた。
会話は小声で囁くようにして続けられる。
「えっ、それで? 恋愛未経験の話からいくと、佳乃はその人とは付き合わなかったってことだよね……?」
「うん、振ったの」
「振ったのに、佳乃のは今もその人のことを思い出すってこと? それって、振ったことに対する罪悪感から?」
「……分からない。もしかすると、そういう気持ちもあるのかもしれないね。でも、自分でもどうしてこんなにも彼を思い出すのか分からないの。忘れようって決めたはずなのに、気が付いたら彼のことを考えてる」
いくら相手がちえりでも、それ以上彼のことを話すことは出来なかった。
些細なことでも彼との記憶は、今でもちゃんと覚えているつもり。だけどそれは、口にすればするほど色褪せていく気がしていた。
忘れようとしたはずの記憶なのに、今ではもう忘れることを恐れている。
会えもしない彼の記憶は、会えない時間が増えていくごとに胸の隙間からするすると溢れていくようで。
だから今はこれが、ちえりに話せる精一杯だった。それに自分の気持ちだってよく分からないのに、話せることなんてたかがしれている。



