チャラくて、うるさくて、いつもへらへら笑っていて、ときどき何考えてるのか分からない人。

 この人は、そんな私の嫌いなタイプを絵に描いたような人だった。



「……なあ、佳乃(よしの)ちゃん」


 彼の手が、私の長い髪を弄ぶ。
 骨張った指先は次第に上へ登って、顔の輪郭を確かめるようになぞった。

 もう片方の手は、優しく頭を撫でてきた。
 ちゃんと目の前に居るのに、その手は存在を把握するように私に触れてくる。

 ――彼と私の間に、愛情など生まれていない。
 そう自分に言い聞かせるけど、どうしても彼が愛おしみながら触れてくるような錯覚に陥ってしまった。

 でも今更、そんなことに狼狽えることも出来ない。


 身体を通り越した、もっと胸の奥深く。形を成さない、けれどもちゃんと私の一部のその場所。

 自分でも見えないそこを、彼の色素の薄い瞳に覗かれている気がした。

 本当は、絶対に、彼には見せちゃいけない場所だけど。


「佳乃ちゃんってさ、」


 彼がもう一度、返事をしない私の名前を呼ぶ。


 “佳乃ちゃん”


 その呼び方、中学生の頃と変わらないね。

 目の前の唇がゆっくりと開かれるのを見届けた。


「――俺のこと、好きになった?」


 彼の問いかけが、どこか遠くで響く。
 何度も耳の中でこだまするけど私は答えない。


 答えては、いけない。

 実際は、最初から答えは決まっていたけど、答えてはいけなかったんだ。


 ……後戻りなど出来ないところに来てしまった今なら、余計に。