コウタは大学を卒業してから、スキーヤ-の道へ進むため、カナダに渡っていた。


だが、思わぬ事故でスキーを断念しなければならなくなったのだ。


プロのスキーヤーとして、期待を一身に集めてきたコウタにとってはどれだけつらいことだっただろう。


そんな辛い過去を微塵も感じさせないコウタの明るさの裏にある気持ちを推し量ってみるたびナツミは少し切なくなる。


コウタを見ていると、「悲しみの数だけ人は優しくなれる」そんな言葉を素直に信じられそうな気もするのであった。


机に山積みにされた書類を片づけながらも、ナツミには明日のプレゼンよりも気にかかっていることがあった。


今日こそは決着をつけなければならないと、ここ数ヶ月ずっと考えてきたことなのだ。

ナツミには恋人と呼ぶ男性がいた。

入社してすぐに関係は始まったのだからもう五年になるのだとため息と共に思う。

社内恋愛、不倫。

お定まりだなと自嘲めいた表情のままナツミはなんと切り出そうかと考えていた。


 五年の歳月はナツミを充分に大人にしたし、当初の「恋心」ももうすっかり形を変えている。

決して成就しない恋だからこそ燃えたのだとナツミは自分に言い聞かせる。男の背中にすがりついて泣いたのは一体何だったのだろう・・・。


馴れ合いのような情事にも疲れ、男の妻に嫉妬する気持ちも今はもうない。

男が、別れを渋るだろうことは容易に想像できる。

ナツミを逃せば若い女を自由にできることなどもう巡ってはこないことであろうから。


男にとっては女は戦利品。終わった恋も標本にしてとっておきたがるものだ。


女は過去を葬らないと次に進めない。


とはいえ、別れを切り出すことは、ナツミのこの五年間を葬るということでもあった。