8時25分。HR開始時刻は8時30分。
駅についた俺はおもむろに携帯を取り出し、ある人物へコールする。
数回耳に響くコール音。最近はこのコール音を変えている若者がいるそうだが、君、少し考えてみてほしい。もし君に電話を掛けようとしてくる人間が、会社の上司だったりだとか、国のお偉いさんだったりとかした場合。それははたして適切なコール音だろうか。生きていく為には働かなければならず、また働く為には周囲の人間の力というものが絶対的に必要になるのだ。よって君がそのコール音一つ変えてしまうだけで、「あ、この人はそういうこと考えないでこういうことしちゃう人なんだ~」と思われてしまっ・・・
「・・・っあ,もしもし今日から2年1組の甘瀬ですが、担任の山中先生をお願いします。」
身も蓋もない思考は、コール音が止み、向こう側から声が聞こえたところで一旦停止した。
少々お待ちください、と事務の方が言うと、キャッチホンのメロディが流れる。我が校のキャッチホンのメロディは「エリーゼのために」である。この事実を把握している人間はそう多くないのではなかろうか。
やがて、そのメロディが止み向こうから男の低い声が聞こえてくる。
「お電話変わりました、山中です。おはよう甘瀬。今日から進級だが、まさか忘れていたわけじゃないだろうね。」
いきなりそう切り替えしてきた担任の山中先生は高1から引き継ぎで僕のクラスを受け持つ。
それ故のジョークであることを俺は十分理解しているつもりではあるのだが、やはり慣れないものである。しかし、ここは努めて冷静に、要件を告げねばならない。
「すいません、電車(に乗るの)が遅れてしまい遅刻します。なんとか1時限目には間に合うかとは思うのですが…。」
このご時世、無断で学校を休んだり友達づてに休みを告げるという不届きものが多い中、高校生というこの位に甘んじることなくしっかりと自ら電話を掛け、遅れた理由と、どの程度遅れるのかを連絡する俺、マジ学生の鏡。
「はぁ...まぁ、いいや。学校へ来たら先生の所へ来なさい。遅れるのは分かったから慌てず気を付けてくるように。」
「はい、わかりました。すいません、失礼します・・・。」
………よぉし。勝った。
ここまで来れば後はゆっくり学校へ向かうだけだ。勿論、学校が遠く早く起きなければならないという環境は俺が選択したわけだから、文句は言えないし、言わない。後は誠意を込めて謝ればいい。先生もきっと、俺が頑張っているということを理解してくれるさ。
電話を切ると、まるで見計らったようにアナウンス。直ぐに電車が到着したので、俺はそれに乗り込んだ。


