「ちよ…これでも、まだ発情だのなんだの抜かして俺の想いを突っぱねるか?」
単なる発情ではなかった。
ちゃんとそこには理由があったのだ。
ちよは躊躇いなく首を横に振った。
「ん、そうか。良かった。ならば、これを返さなければな」
飛牙は懐から帯を取り出すと、乱れた着物を綺麗に着付けてくれた。
「あ…ありがとう」
ちゃんと約束を守ってくれた。
残酷な面ばかり見ていたが、本来の彼はとても律儀で誠実なのかもしれない。
「これで良しと。さて…少し待っていろ。川に行ってくる」
「川?」
「狸が嫌なら魚だ。捕ってくるから食べろ」
今度は焼いてから持ってこようと独り言を呟く黒狐。
彼の背中が遠退く。
再び訪れた逃げ出す機会。
なのに、どうして足が動かないのだろう?
ちよはその場から動くことができずにいた。
――もう少し…もう少し、飛牙と話してみたい
ちよは飛牙が戻ってくるまで、洞穴の前でただ待っていた。



