店主に声を掛けて支払いをする巽を、呆気に取られて見つめる可愛。
「え…え?いいの?私、今日おごってもらってばかりだわ!」
先程の食事代も彼が支払ってくれた。
少ないが、ちゃんと人間のお金を持ってきた可愛は櫛のお代くらい自分で出すと主張する。
が――。
「いいから。俺に任せて。俺が君にこれを贈りたいんだ」
巽は勘定を済ませると店を出て可愛と向き合った。
「知ってるかい?櫛の使い道はただ髪を梳かすだけじゃないんだよ」
「そうね。櫛で髪を梳かすのは魂を落ち着かせる意味があるって母上様が言ってたわ」
「他にもね、求婚する時に渡したり、別れる時に投げつけたりなんてこともあるのさ」
「え!?投げちゃうの!?」
可愛の驚き顔に巽は苦笑い。
(そう、他には…)
苦死なんて言葉に引っ掛けることもある。
巽は様々意味を持っている櫛に願いをこめて、それを可愛に手渡した。
病により、苦しみと死を身近に感じる自分。
もう会えないだろうと別れを決意する。
けれど、再会を祈る心は消えない。
――きっと、また会える
巽の思いを約束するように、櫛は可愛の手に渡った。
この時お礼を言って微笑んでくれた可愛の顔を、巽は死ぬまで忘れないだろう。



