あの青年にとって、可愛との待ち合わせに行けるかどうかは賭けに近かった。
(ん…。今日はわりと調子が良さそうだ)
布団から這い出し、約束の時間に向けて支度をする。
よくもまあ明日どうなるかわからない身体であんな思いきった約束を取り付けたものだと、過去の自分を自嘲しながら。
「ゲホッゴホッ!」
咳が出て、咄嗟に口元を手で押さえた。
「はぁ……良かった。喀血してないな」
手の平をそっと確認して、やはり調子が良いと思う。
心の持ちようだろうか。
昨日、夢を諦めるなと少女に叱咤されて気持ちがスッとした。
絵を褒められて生きる力を貰ったような気がする。
「俺は…まだ生きるんだ」
小さく決意を呟いて自室を出た時だった。
「巽(たつみ)さん!」
出掛け支度を済ませた息子を見て心配げな顔をする母親と出くわした。
「巽さん、どこへ行くのです!?あなたは寝ていなきゃ…」
「ああ、ちょっと人と待ち合わせしていて。銀座のカフェーに行ってきます」
にこやかに微笑むも、どこか青白い顔の息子に母親はキュッと唇を噛んだ。



