「お腹は減ってるけど…」
空腹感を感じながらも、ちよは子狸をジッと見つめた。
その丸い瞳がウルウルしている気がする。
「かわいそうだよ。放してあげて」
「おい、これは生きるための血肉となる糧だぞ?それを、かわいそうだからと言って逃がすのか?」
最もな意見に、ちよはもう一度子狸を見た。
そうして出した答え。
「…うん。逃がすの」
「愚かしいぞ」
「わかってる…」
それでも、命の尊さを、生の奇跡を忘れたくない。
たとえ綺麗事だと言われても、ここで子狸一匹見逃すことくらい許されるだろう。
「手を放して、飛牙」
やんわりと促され、飛牙は躊躇いがちに手を放した。
ボスッと地に落とされた子狸。
思いがけず解放され、速足で逃げていく。
それを見ながら、飛牙はぽつりと言った。
「…愚かしい。愚かしい、が……ちよのその愚かしいほどの優しさが…俺は愛しい」
「え?」
「愛しい」の一言に、ちよの胸がドクンと高鳴った。



