今昔狐物語


「ほう…これはなかなか」

飛牙は押さえ付けていた首から手をパッと放し、ちよを抱きしめた。


「魅惑的な誘い方だな。狙っているのか?」

「え…?え?」

どうやら無自覚なようだ。

「ふふっ、そうか。だがそれもいい」

ちよの可愛さにくらりときて唇を求めた飛牙。

しかし、それは寸止めに終わった。


「ちよを放せ!!」

ちよの兄が勇敢にも飛牙に立ち向かった。

「囂(カマビス)しい蠅だ。去(イ)ね!」

ちよを抱いたまま狐火をけしかける。

「うわぁ!!」

「お兄ちゃん!やめて飛牙!!」

飛牙にちよの叫びは届かなかった。


「まだ邪魔をするならば、殺してくれようぞ…!」



一瞬だった。



飛牙が獲物に腕を伸ばし、その鋭利な爪で切り裂いた。


紅の鮮血が舞う。


「うぁあああっ!!!」


ちよは眼前で崩れた兄をただ、呆然と見ていた。


それしか、できなかった。


血の臭いが鼻につく。


「う…そ…う、そ…だ」


飛牙の手についた血。

兄の胸からの流血。


頭がガンガンする。

ちよはあまりのことに、現実逃避するかの如く意識を失った。