墨を零したような、濃い夜の闇。

どれだけ闇が深かろうとも、ここは妓楼(ギロウ)の明かりで華やかだ。

江戸の吉原――。


夜の蝶である遊女が生きる、遊郭という名の鉄の檻。

その檻の中から客を得ようと声が飛ぶ。


「そこの旦那、おあがりなんし」


甘くとろけるような声。

男を誘う魅惑的な流し目。


「私を誘いますか。なかなか見る目がおありなようで」

「旦那」と呼び止められた水真馳(ミマチ)は、美しい蝶の誘惑に進んでのることにした。


(まあ、そのために花街をうろついていたんですしね)


実は狐だが、ちゃんと金を払えば文句などないだろう。

人間の姿をした水真馳は、正体を隠して妓楼の中へと入っていった。