「桜……か」

黒い手袋をはめた手が、開け放たれた窓から迷い込んできた漆黒の桜を掴んだ。


血みどろに似た紅い空、そこに浮かぶ背筋を震わせてしまう程綺麗な紅い月。

汚れた真っ赤な海。

生物の影すら見当たらないこの大陸を、高い塔から見下ろし、男は口元を緩めた。


「魔界に……またこの季節がやって来たのだな」


この世界の王である男は、窓から視線を外すと、シンプルな黒の王座に腰掛けた。

掴んだ漆黒の桜を指で弄び、男は飽きると花びらを捨て、軽く手を二回叩いた。


「お呼びでしょうか?」

月明かりに照らされた広大な王座の間に、一人の少年が姿を現した。

だが、少年の顔は見えない。

月明かりが照らす前に、足を止めたからだ。