少女狂妄

「蛍……」


 押さえた耳に届いたのは、樹じゃなくておじさんの声だった。


「大丈夫だからな」


 優しい蒼い目が、瞼の裏に浮かぶようだった。

 そっと、温もりに包まれる。

 おじさんに抱きしめられて、樹の声はもう聞こえない。

 真っ白な部屋。

 格子の窓。

 沢山の管。

 カーテンレールの紐。

 両手いっぱいの薬。

 取り上げられた刃物。

 真っ赤な手。

 真っ赤な私。


「大丈夫、大丈夫」


 赤ちゃんをあやすように、おじさんの手が背中を叩く。

 大丈夫じゃないよ。

 全然、大丈夫なんかじゃない。

 せっかくあそこから助け出してもらえたのに、私はまた逆戻り。

 樹が視界に現れて、自傷行為も止まらない。

 死にたくなんてないはずなのに、どうしても止められない。

 傷は増えていく一方。

 それなのに、この腕の中にいると本当に大丈夫なんじゃないかと錯覚してしまう。