世界の昏睡は、一週間から二週間になり、ひと月をこした。
ある日、病院にむかう道すがら、夏の終わりの民家の軒下に、なにかがぶらさがっているのをみかけた。最初白い花びらのように見えたそれは、蝶だった。
だらりとやぶれたクモの巣の先っぽに、引っかかっている。弱々しくもがき、生きていた。
重力に逆らうための翅は、粘着性の糸にからめとられ、そこから逃れるみこみはなさそうだ。
人気のない家の、捨てられたクモの巣にかかり、補食されるわけでもなく命を終えるのだと思った。
腕をのばし、そっと羽をつまんで引っぱり、はずしてやった。手のひらに乗せても、まるで重さを感じない。風が吹いたら飛ばされてしまいそうだ。
見つめるなか、蝶はしばし羽を閉じて、状況をつかみかねているようだった。
あるいは、もう飛ぶ力が残っていないのか。
それもつかのま、ふと思い出したように羽をふるわせる。羽ばたいたかと思うと、手から離れていった。軌道はふわふわとたよりない。
飛んでいるのか、風に流されているだけなのかさだかでないが、落下することはなく空を舞う。
そうして光にとけ込むように、視界から消えていった。
指の先に、わずかに鱗粉が残った。
ある日、病院にむかう道すがら、夏の終わりの民家の軒下に、なにかがぶらさがっているのをみかけた。最初白い花びらのように見えたそれは、蝶だった。
だらりとやぶれたクモの巣の先っぽに、引っかかっている。弱々しくもがき、生きていた。
重力に逆らうための翅は、粘着性の糸にからめとられ、そこから逃れるみこみはなさそうだ。
人気のない家の、捨てられたクモの巣にかかり、補食されるわけでもなく命を終えるのだと思った。
腕をのばし、そっと羽をつまんで引っぱり、はずしてやった。手のひらに乗せても、まるで重さを感じない。風が吹いたら飛ばされてしまいそうだ。
見つめるなか、蝶はしばし羽を閉じて、状況をつかみかねているようだった。
あるいは、もう飛ぶ力が残っていないのか。
それもつかのま、ふと思い出したように羽をふるわせる。羽ばたいたかと思うと、手から離れていった。軌道はふわふわとたよりない。
飛んでいるのか、風に流されているだけなのかさだかでないが、落下することはなく空を舞う。
そうして光にとけ込むように、視界から消えていった。
指の先に、わずかに鱗粉が残った。



![he said , she said[完結編]](https://www.no-ichigo.jp/img/book-cover/1737557-thumb.jpg?t=20250401005900)