『世界』と『終』  ——僕がきみを殺したら——

「ラジオ英会話を聞いてから、夕飯にする?」

そうする、と僕はこたえる。

熱心ねー、という母のつぶやきを背に、自室に戻る。



僕はよく、英会話放送を聞いて、発音の練習をしている。

表情筋をきたえるには、外国語の練習が効果的だからだ。
人と会話する習慣をもたない僕には、“ 筋トレ ” の必要がある。


鏡を相手に、新人アイドル並の熱心さで表情のつくりかたを研究していた時期もある。
社会生活をつつがなく送るのは、楽じゃない。



《人はパンのみにて生くるにあらず》

人類史上最大のベストセラー、新約聖書の「マタイ伝」第四章には、そんな文句がある。

その後には、《神の口から出るひとつひとつの言葉による》という言葉がつづく。
キリスト教的解釈はやや複雑だが、とりあえず人を生かすのは、物質的な充足だけではないらしい。


食べ物だけでは、生きられない。
たとえば、夢とか希望とか友情とか、そういった目には見えないけれどうつくしく貴いもの。
愛という言葉に集約される結びつきがあって、人は初めて生きていける、ということになっている。


———僕はパンのみで生きられるだろう