彼女を戸惑わせているものが、倫理観でないことは確かだ。


西森世界は、当てはまらない。

これまで僕が観察し、分析し、学んできた、人を動かす “感情” と、それがもたらす “行動”。原因と結果。

その演算がおよばない。軌道を読むことができない唯一の存在が、西森だ。


僕と西森は、しばらく小声で話を続けた。
陽がだいぶん斜めに傾いたころ、話を切り上げて帰路についた。



自宅に帰ると、エプロンをつけた母親がでむかえ、夕飯はツナコロッケだと告げた。
僕は母親に、明日は遅くなるから夕飯はいらないことを伝えた。


「あぁ〜ら」
聞いたとたんに、母親の目がすばしこく動いた。

「舞子に聞いたわよ。あなた最近彼女ができたんでしょ」

舞子というのは僕の二つ年上の姉だ。

「同じクラスの、お人形さんみたいに可愛い子だっていうじゃない」


女はおしゃべりだと、つくづく思う。
去年まで、姉は僕と同じ高校に通っていた。

僕と違って、社交性と協調性に富み、運動系の部活(バスケットボールだったか)にも所属していた姉には、仲のいい後輩がたくさんいるようだ。


彼女たちの口から、僕の高校生活は姉にもれなく伝わり、そして母親の耳にも届くしくみになっている。

二人が最近とみに機微をふくんだ視線をよこすと思ったら、そういうことか。とりあえず得心する。