「いらしゃいませ。」
いつもと全く変わらないトーンで、マスターは私を迎える。
変わった事と言えば、
黙って、定位置の椅子を…ひいてくれること。
私にツレがいないことは、百も承知で。
……それくらい、だ。
「………あ~……疲れた。マスター、いつものお願いします。」
「……ハイ。……なんだか、仕事帰りのサラリーマンみたいですね。」
「………。否定できないじゃないですか…。『帰りの一杯』、あの心理、よーくわかります。」
「アルコール、うちに置きましょうか?」
「いえ、飲まないので…。」
「禁酒か何か?」
「いえ。」
途端に、マスターは私をじっと見据えて…。
その瞳が、何か物言いたげに…している。
社会人になってから、付き合いでお酒を飲む機会が…増えた。
人が私に抱く印象がいかがなものかは知らないけれど、
「飲めるんでしょ?」なんて…、
酒をなみなみに注がれ、
なんとか…飲み干し。
また、注がれ…
飲むふりをし、
ぐるっぐるに回った頭に
千鳥足。
家に帰って、完全K.O.…。
そうやって、なんとか…上手く渡っている。
「…『飲まない』んじゃなくて、『飲めない』のでは?」
「………。」
「あえてそう言わないのは…、案外貴方は頑固だから?」
「へ……?」
「例えば、ミルクティー以外、あなたは飲まない。ここは、コーヒーの店なのに。」
「マスターが勧めたんじゃないですか……。」
「冒険はしないタイプなのでしょうね。」
「………ああ、でもそうかも。昔っから、これって決めたら絶対これ!…的な所が…。ミルクティーにこだわっちゃうのも、そうなのかもしれませんね……。」
「それを、頑固って言うんです。」
マスターの言葉は、やんわりとしていて。
決して咎める訳ではないけど……。その分、すっと心の隙間から入り込んでは…
痛い所を、突いてくる。
「ですが……、きっと、恋愛にも一途なんでしょう?」
「………!」
「あなたに好かれる人が、羨ましいです。」


