だいすき

「…え」

私は驚きのあまり、抱えていたぬいぐるみを落としてしまった。

「…だから。
…花恋が好きだからだよ」

陽都君はゆっくり近づいてくると、落ちたぬいぐるみを拾って砂利を払ってくれた。

「……」

「ね、花恋?
…聞いてほしい話があるんだ」

ぬいぐるみを差し出してくれる陽都君。

「聞いてほしい話…?」

「うん…
涼太しか知らない、俺と…
元カノの話…」

そう言う陽都君の笑顔は、すごく儚くて…
今にも泣き出しそうな…

「…そんな大事な話…
いいの…?」

加々見君しか知らないってことは、きっと相当大事な話なはず…

「…花恋に、聞いてもらいたい」

「……うん」

私はうなずいた。


…元カノさんの話…
いったいどんな話なんだろう…



数十分後、私と陽都君はファミレスにいた。

そこら辺で立って話すより、ファミレスとかで休みながら話そうという陽都君の提案。

そして、とりあえずドリンクバーを頼んだ私たち。

私はアイスミルクティーを、陽都君はアイスココアを入れてきて、向かい合って座った。

「…そうだな。

何から話そっか…
………俺の元カノ、内田美優姫って言うんだけど…
美しく優しい姫って書くの」

ストローでココアをゆっくり回しながら話し出す陽都君。

私はうなずく。

「…美優姫とは中学で知り合って…同じクラスで。

中1の秋に告白されて、俺も好きだったから付き合って。

美優姫さ、本当優しくて…
美優姫は部活入ってなかったから、俺らが部活終わるの待っててくれて、よく俺や涼太にスポーツドリンクくれたり…

急に部活の練習入ってデートとかドタキャンしちゃっても、怒らないで頑張れって言ってくれて…

数えきれないくらいデートしたし、手もいっぱい繋いだ。

キスだって、いっぱい…したんだ。

1度もケンカしたことなかった…で、中3の夏までずっと続いてたんだ…

でも、7月の…9日。
ちょうど、土曜だったから…
ふたりで一緒に勉強でもしようかって…
図書館まで行くはずだった…」

ずっとストローをいじっていた陽都君は、そこまで言うとグラスから手を離した。

「…結局、行かなかった…の?」

私の問いに、陽都君は首を横に振った。

「…行けなかったんだ。

…公園で待ち合わせしてて…そっから一緒に図書館行こっかって話してて…

その公園で、美優姫とケンカしたんだ、志望校のことで…

俺と美優姫は、中2の時からずっと、一緒に皇林高校に行こうって言ってた…

だけど、皇林より明成の方がバスケの強豪校として有名で…
俺はどうしても明成に行きたかった…

だから、待ち合わせた公園で美優姫に全部話したんだ…
高校でもバスケ続けたいし、より強いところがいいって…
…皇林より、明成がいいんだって…

そしたら美優姫、同じ高校に行くことよりバスケを優先するのかって、その時本気でキレて…

…俺は、逆ギレみたいな感じでさ…
俺の志望校を美優姫が決める権利あるのかって怒鳴り付けちゃったんだ…

…初めてだった。
普段優しい美優姫があんな本気でキレたのも、ケンカしたのも…初めてだった…

それで…
そんなに明成に行きたいなら勝手にすればいいって吐き捨てられてムカついて…

俺、そんなに志望校変えるのが気にくわないんならもう別れようって言っちゃってさ…

美優姫も相当キレてたから、今思うと売り言葉に買い言葉って感じだったんだろうけど…

じゃあいいよ、別れようって言われたんだ…

で、そのまま公園でお互い険悪なまま帰った…
少なくとも、俺は帰ったんだ…」

陽都君はうつむいてて表情は見えないけど、テーブルに置かれた右手が震えている。

「…陽都君」

私は、震えている陽都君の右手を自分の両手で包み込んだ。

バッと顔を上げた陽都君は、驚愕している。

だけど、すぐに微笑んだ。

「…花恋…
…ありがと…

………俺が帰って1時間くらい経った時だった。

知らない番号からケータイにかかってきて…
出たら、美優姫のお母さんだったんだ。

俺ら、お互いの家しょっちゅう行き来してたから、お互いの両親とも仲良くなっちゃってさ…でも美優姫のお母さんから直接電話がくることはなかったから、ビックリして…

美優姫のお母さんさ、美優姫のケータイ見て俺の番号を勝手に調べたって謝罪したあとに、言ったんだ…

震える声で…言ったんだよ…

美優姫が車に轢かれて死んだって…」

そこまで言って、ゆっくり顔を上げた陽都君の瞳は、潤んでいた…。

そして、ゆっくりと陽都君の頬をつたっていった。

「陽都君…」

私は陽都君の右手から手を離して、スクバからハンカチを取り出した。

陽都君に差し出すと、ごめんと呟いて目元にあてた。


…甘かった。
普通に破局しただけなんだと思ってた…

だけど…

死別なんて、辛すぎる…


「陽都君、もういいよ…
もういいから…」

しかし陽都君は、首を横に振って言った。

「…最後まで、聞いて…ほしいんだ……」

「……ん」

私はうなずくしかなかった。

「…美優姫、俺と別れたあとに交差点で信号無視の車に跳ねられたって…
すぐに救急車で病院に運ばれたけどダメだったって…

…俺のせいなんだ。

俺があのタイミングで志望校のこと切り出したから…

俺が美優姫とケンカしたから… そのせいで美優姫の帰宅が早まったから…!

だから…あのときあの瞬間、美優姫はその交差点を通って…
轢かれたんだ…

なのに、美優姫の両親は俺のせいじゃないって言った…

もともと美優姫は普段、あの交差点は通らないはずなんだって…だけど、たまたま通って車に跳ねられた…
これは不運な事故なんだよって…

誰が悪いわけでもないんだって…!!

だから…責任を感じないでくれって…
そんなのはいいから…

陽都君はっ…
美優姫の…分まで…
笑っててくれって…

そう…言ったんだよ…

だか…らっ…

…俺は笑うんだ」