思わず叫んだその時…

「気安く花恋に触れないでくんない?」

後ろから聞こえた冷淡な声。

「…っ…陽都君!!」

振り向くと、すごい形相でこっちを見ている陽都君が。

そしてゆっくり近づいてきた陽都君は、私の腕を掴んでいた男子の脇腹に軽やか(?)に蹴りを入れた。

「かはっ…」

いい感じに入ってしまったのか、咳き込んでうずくまる男子。

私の左手を離して、陽都君に蹴られた脇腹を押さえている。

隣にいた二人も、うずくまる男子に「大丈夫か」って声をかけていて、私達にはまるで無関心。

その隙をついて、陽都君が私の左手首を引いた。

「花恋っ
走るぞ!!」

「えっ…」


…私は運動が苦手だ。

特に長距離走るやつとかは…


故に。


このあと、私が呼吸困難になったのは言うまでもない…。




「花恋、だいじょぶ?」

数分後、人通りの少ない路地でようやく止まってくれた陽都君は、私を振り返って顔を覗き込んできた。

「だ…
いじょ……ぶじゃ、ない…」

なんとか答えた私は、その場にしゃがみこんだ。

「あー…
ごめん…」

陽都君は苦笑いして、私の背中をポンポンと優しく叩いてくれた。

「………」

「…もしかして、長距離苦手だった?」

私はコクリとうなずいた。

苦手じゃなかったとしても、現役バスケ部で毎日走ってる人になんて勝てない。

「…ごめんな」

何故か申し訳なさそうに呟く陽都君。

私は何度か深呼吸して、呼吸を整えてから

「なんで…?
陽都君は助けてくれたじゃん…走らなきゃ、また捕まってたし…」

「そうじゃなくて。
俺がずっとそばにいてやれば、花恋が連れてかれることはなかったし…花恋に怖い思いさせずに済んだから…
だから、離れちゃってごめん…怖い思いさせてごめんな」

陽都君はそう言うと、背中を叩くのをやめて、私をギュッと抱きしめた。

「…!
はる…」

「ほんとごめんな…
もうだいじょぶだから、怖くないから…」

私を抱き締める陽都君の力が強くなる。

「あ…あの…
花恋、だいじょぶだから…
陽都君すぐに来てくれたし、どこも怪我してないから…」

ドキン…ドキン…


こ、このままだと私の心臓が…大変なことに…


「…花恋」

不意に体を離されて、ジッと見つめられた。

「…?
どうし…」

"どうしたの?"

その一言は最後まで言えなかった…―。



数秒後、唇を離した陽都君はハァッと大きくため息をついて、地面に置かれた私のスクバとぬいぐるみを拾ってくれた。

そしてぬいぐるみについた砂利を払うと、スクバと一緒に渡してくれた。

「…え…
あ、ありがと…」

「……腹、減ったな…
ファミレスでも行こっか?」

何事もなかったような顔で言う陽都君。


…あの。

今…

チューされた気がする…んですが。

…私の

………


勘違いですかね…?


「…花恋?
昼飯行かねーの?」

いつまでも立ち尽くしている私を見て、陽都君が首を傾げる。

「あ…うん、今行く…」

「うん、おいで」

陽都君はいつもみたいに微笑んで、私の斜め前を歩き出す。

その背中を見つめながら、私はウサギを両手で抱え直した。


…陽都君。

わかんないよ…

ねぇ。

…なんで?


「なんでチューしたの…?」

私の問いかけに、陽都君が立ち止まった。

そして。

ゆっくり振り返った陽都君は

いつもみたいに微笑んで



「花恋が好きだからだよ」