新人エンジニア、矢内理子(やうちさとこ)は、作業服を着て、一日中、開発中の機械をいじっていた。

「リコ、ほら、信号線がショートしている。これじゃあ、伝わらないよ」

 4年先輩のエンジニア、田所は、基板のパターンを辿りながら説明する。
 パターンの先にはマイグレーションを起こし、ショートしている箇所があった。

「な、分かったろう?」

 田所は息使いを感じるほどに顔が接近した状態で、ニヤリと笑った。
 並びの良い白い歯が、理子には眩しい。

 理子は希少な女性エンジニアだ。
 大学を卒業し、入社したばかりの新人だが、人手不足が理由で、いきなり開発現場に配属された。

 その配属先にいたのが、回路設計のエンジニア、田所である。
 田所は新人で不慣れな理子に、嫌な顔ひとつせずに、仕事を教えてくれた。
 田所は理子のことを、リコと呼んでいた。

 理子は田所に好意を寄せていた。
 始めは尊敬の念だったのだが、次第に気さくな人柄に惹かれた。

「田所さんは、なんであんまりパソコンの前に座っていないんですか?」

 理子が回路を触っている田所に何気無く聞いてみると、「まいったなぁ」と呟いた。

「何でまいっちゃうんですか?」

 そんな理子の質問に、田所は、こう、答えた。

「リコ、パソコンでいくら回路を設計しても、何も伝わらないだろう? 電気も流れない。ほら、こんな風に信号線がショートしていたら、相手に何も伝わらないんだよ」

 田所の例えは、理子でなければ分からなかっただろう。
 少し照れている様子が、理子には見てとれた。

「田所さん、休憩しませんか。出来れば、夕食も御一緒に」

 理子は田所を前に、ニヤリと笑った。
 でも、内心は勘違いしているのではないかと、ドキドキしていた。

「信号線は、ショートなんかしていませんよ」

 理子がそう付け加えると、田所もニヤリと笑い返した。

「信号線に乗って、相手に伝わるんでしょう?」

 理子が念を押すと、

「ああ…、そうだよ」

 と、田所は作業帽と手袋を脱ぎながら、理子に答えた。

「休憩にしよう。それから…、夕食は何が食べたい?」

 また、あの白い歯が覗いた。

 理子は嬉しくなった。