「ねえ、それってどういう意味かな?」

 外灯に照らされた夜の公園。中央に設置された赤いベンチに腰かける、若い二人の姿。周りには誰もいない。

 そんな静けさの中、呟いた彼の言葉が、どうしても気になった。

「嫌だ。教えない」

 アサッテの方を向いたまま、彼は答えた。

 聞き取れないぐらいの呟き。大学受験の最中、わざわざ私を呼び出した彼の態度が、何だか気に入らない。

「あのね、こういうのって、言葉のキャッチボールだと思うの。これはね、会話だよ。普通の会話なんだよ」

 返事が来ない。どこに焦点を合わせているのか、彼はただ、ぼんやりと公園の遊具を見ている。

「私、忙しいの」

 少しだけお尻を浮かせる。でも、彼は気付いてもいない。

 シャワーあがりで、髪の毛がまだ、乾いてもいなかった。

 メールの着信をみて、呼び止める家族を振り切って、ここまでやって来たのだ。

「もう、知らない」

 思いきって腰をあげる。完全に重みを失ったベンチが、ギシギシと音を立てる。

 それでも彼は振り向かない。

「帰る」

 そう、呟いた時だった。

「……受験、頑張れよ」

 彼がボソリと言ったのだ。

「え?」

 目を丸くしていると、彼がニッコリと笑っている。

 その白い歯は何?
 どうして笑っているの?

「俺、帰るわ。呼び出して悪かった」

 いとも簡単に腰をあげる彼。外灯の光が遮られ、夜に染まる。

「そう、じゃあ」

 反射的に、右手をあげる。全ては手遅れの筈だっだ。

「ねえ……、ちょっと!」

 どこから湧いてきた勇気なのだろう。とにかく、このままでは、いられなかった。

 無言で振り向いた彼は、驚いた様子もなく、私を見ている。

 外灯の光に再び照らされ、私は彼ににじり寄った。

「さっきの意味、きちんと教えてくれない? このままじゃ、眠れないよ」

 みるみる内に、優しい目差しに変わる彼。私の目の前で、明ら様な溜め息を、一つ付く。

「ねえ?」

 私が笑う。

 何も怖くなんかない。
 そのくらいが、丁度良いのだから。