妻はまだ、投票所から出てこない。先に済ませた私は小さな娘を連れ、小学校の運動場に出た。

「ねえ、お父さん。あそぼ」

 くりくりまなこが話し掛ける。柔らかく手を繋いでいた私は、しずかに足を止める。

「何して遊ぼうか?」

「えーとね、えーと……」

 あたりを見回しても、なかなか答えが出ない。娘は目を点にし、考えている。

「お父さんは何したい?」

 油断していた訳ではないが、突然バトンが回ってきた。

「そうだな」

 緑色で、移動式のバスケットに目が止まる。

「あそこまで、競走しよっか? 駆けっこ」

「うん、いいよ。どっちが速いか勝負ね」

 娘はすぐに走ろうと身構える。ほっぺの上の真剣な眼差しが、堪らない。

「じゃあ行くよ。よーい、どん!」

 娘が勢いよく飛び出し、私がその後に続く。

 抜きそうで抜かない。歩幅を小さく、足音を立て、チラチラと姿を見せては後退する。我ながら見事な演出だ。

「やったー! いっちばーん!」

 僅かの差だった。塗装の剥げた支柱に、娘がタッチした。

「速かったねー」

 娘は肩で息をしている。

「今度はアッチの鉄棒まで走ろっか?」

 実は私もかなり息が上がっていたが、強がったのだ。

「ちょっと、お休みしよーよ」

 娘はその場にしゃがみ、すぐに地面をいじり出した。

「手が汚れるから、やめなさい」

 妻がよく言っていたセリフが、つい口から滑り落ちた。

「こうやっていると、何か見付かるかもしれないよ」

 小さな背中がそんなことを言う。

「そうなんだ」

「スズメの涙とか、拾うの」

「スズメの涙?」

「うん。ホラ、こんなやつ……」

 キラキラと光る小さな砂粒が、手の平の真ん中で転がった。

「何やってるの? そんなことしたら、手が汚れるじゃない」

 日傘をさした妻が私たちを見付けて、やって来る。

「いいさ。スズメの涙を拾っているみたいだから」

「何それ?」

「多分、もう僕たちには気付かないものだよ」

 差し出した手の中で、先ほど貰った砂粒がキラリと光る。

「ふうん」

 妻はそう言うと、娘に視線を移し、クルクルと日傘を回した。