「何だか君の体、死体みたい」

 ベッドに腰かけた若い男が、灰皿を片手に煙草を吸う。

「えっ?」

 シーツをたぐり寄せ、体を起こす。掻きむしられたような髪の毛を、壁に押し付ける。

「感触がね。死体を抱いているようだった」

「冷たいってこと?」

 男の背中に向かって、恐る恐る聞く。

「さあ。ちょっと違うかな」

 吐き出した煙が、部屋の隅に追いやられる。

「時間……まだ仕事、行くんだろ?」

「ううん。大丈夫」

「そう」

 灰皿に煙草をねじこむ。

「オレはもう行くよ。あんまり店を空けるわけにはいかないし」

「うん」

 シャツをはおり、ボタンを留めだした男を、女はただ眺めている。

「アタシも会社に戻らなくちゃ」

 下着を探すため、わざとらしく視線を動かす。

「はいよ」

 男が一掴みにして、女に渡す。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 ズボンのベルトを締めた男は、余裕を作るため背筋を伸ばす。

「じゃ、また今度。お店で声掛けて」

「いいの? 誰か嫉妬しない?」

 下着を持ったまま、着ようともしない。

「そんなに器用じゃないよ」

 普段お店でみせる笑顔とは、また違った表情だった。

「今度……アタシが死体なら、命を吹き込んでくれる?」

 男が襟に掛けた指を止める。

「アタシを抱いて、生き返らせて」

 女は裸体のまま立ち上がり、男の襟をなおす。

「そうだな、息を吹き掛けてあげるよ」

「息?」

 男が耳元で囁く。

「抜け落ちた魂が宿るように……」

「うふふ」

 女はベッドに戻り、男は部屋を後にする筈だった。


 ──街のホテルの一角で何度も繰り返される、男と女の営み。

 事件が起こったのは四年前。まさに二人のいたこの部屋だった。情事の後、情緒不安定に陥っていた女が、男の背中を用意した刃物で突き刺し、殺害した。その後、女は大量の睡眠薬を服用し、自殺したのだ。

 事件を機に、奇妙な現象の絶えなかったホテルは、廃業に追い込まれた。

 しかし、当人たちは何も気付いてはいない。

 閉じ込められた世界で、生きた証を、ただ、無限に求め合っている。