「犯人はいったい誰なんですか?」
 八須川典子が見上げるように、高梨に問う。

 スタイルだけホームズ気取りの高梨真介は、全く似合わないパイプをくわえ、思案している。

「推理小説なら、この時点で既に全ての手掛りが提示されている。即ち、犯人を割り出す事が出来る仕組みだ」

 真夜中、人里離れたある一軒家で起こった殺人事件。それは、高梨と知り合いの八須川を含め、ネットでのみ接触のある他三人を加えた、推理サークルのオフ会での出来事だ。

「しかし、現実は今ある情報を全てであると仮定し、推理しなければならない」

 被害者は升田雪子。年齢は定かではないが、まだ若いお嬢さんだ。先程までガブガブお酒を飲んでいた彼女が、今は憐れにも赤い絨毯にうつ伏せに横たわっている。

「外は大雨で床に濡れた形跡がないことから、外部の者の犯行でないことは明白だ」

 実のところ、高梨はリストラされたばかりのサラリーマンなのだ。人が死んだというのに、すこぶる気分が良い。

「外傷がないことを勘案すると、死因は毒殺。皆さん、手に持っているグラスに口をつけないで下さいね」

 そう言われた中年男性、阿川とホスト風の青年、宝月は、それぞれ近くにグラスを置く。

「事件は驚くべきことに、この一室で、しかも誰にも気付かれないうちに行われた」
 高梨が得意の推理を披露する。

「こういった場合、動機を詮索するよりも、状況を見据えた推理がモノを言います。八須川くん、メモ取って」 

 言われた通り、短い鉛筆でメモ帳に書き込む。彼女はずっと高梨の言葉をメモに残している。

「残念ながら、僕たち二人にはアリバイがありますよ」

 切り出したのは宝月だった。

「会話をしていたんです。つまり、お互いを監視していた事になる」

 阿川がウンウンと頷く。

「共犯の可能性だって残されている。それに……、つまり君たち二人のアリバイが成立すると、この事件は迷宮入りだ」

 高梨の自信が消え、声がしどろもどろする。ポッキリと折られてしまったのだ。

「良心的なミステリーなら、消去法で犯人は分かります。後出しがありませんから」

 そう言ったのは、八須川だった。

「どういう意味だ?」

 皆が顔を見合せると、寝息が聞こえたのである。