仕事を無理矢理に終わらせ、定時に退社。慌ただしく電車に飛び乗る。

 なぜそんなに急いでいるのか?

 それは、昼休みの終わり際に気付いた一通のメールが原因だった。

 差出人は妻だった。機嫌よく遊んでいた幼い娘が、泣き出したという。

 その程度でメールをするなと最初は思ったのだが、号泣しているというのだ。

 状況が飲み込めず、無性に心配になった私は、急いで自宅に戻ってきた。玄関の扉を開けると、眉の垂れ下がった妻が待っていた。助けを求めているのがひと目で分かった。

「おかえりなさい」

「ただいま。いったいどうしたんだい?」

「それがね……」

 おとうさん、と泣きながら奥の部屋から娘が抱きついてきた。

「おい、どうしたんだ?」

 まだ靴も脱いでいない私が娘と目線を合わせても、何も言わない。

「私たちのビデオを見ていたのよ」

 妻が見かねて、教えてくれた。

「ビデオ?」

「フィジーで撮った、私たちのほら……結婚式のビデオ! 最初は嬉しそうに観ていたのよ」

「フーン。それで?」

「それが突然、お父さんがどっかに行っちゃう──って、大泣きよ」

 娘が目に涙を浮かべて話そうとするが、思い出してしまったのか、また泣き出してしまう。

「どうして泣くの?」

 私のスラックスで涙を拭う娘。

「ねぇ、子供って親を選ぶって、聞いたことない?」

「何それ? 知らないよ。そうなの?」

「本当かどうかは分からないけど、高いお空から見下ろしていて、私たちが面白そうだったんだって。それでお父さんに会いに来たって」

「泣きながら、そんなこと言ってたの?」

 面白い話である。もしそうなら……。顔を埋めている娘の頭を撫でながら、ふと、気付いたことがあった。

「因みに、僕の相手が君だって、気付いているの?」

 妻の顔が引き吊った。もはや、口元が台形だ。

「お願い。今はまだ、言わないで」

 スリッパの音を立てて慌ただしくキッチンに戻って行く妻。娘が自分で気付くまで、そう遠くはないだろう。

 私は踵を潰さないように靴を脱ぎ、娘を抱き上げた。

「重!?」

 言うまでもないが、娘は必死にしがみついている。