ぽつ、ぽつ、ぽつ。

 やっぱり降り出した。最近の天気予報はかなり当たる。

 持っていた小豆色の傘を広げ、体がハミ出さないように気を付ける。

 パラ、パラ、パラ。

 雨音が変わる。

 何だか楽しい。

 由利は夫の秀夫を、駅まで向かいに行く途中である。
 クルクル傘を回して、スキップ踏んで。

 ルン、ルン、ルン。

 鼻唄も口ずさむ。

 ちゃぷ、ちゃぷ、ちゃぷ。

 水溜まりも、お気に入りの向日葵のサンダルで、へっちゃら。

 らん、らん、らん。

 体も踊る、心も躍る。

 あの人が待っている。
 いつもの駅で。

 いち、にの、さん。

 大きな水溜まりも、ひとっ飛び。

 ずんずん、ずんずん、どこまでも。
 ずんずん、ずんずん、歩いて行く。

 あの人のもとへ。
 あの人の笑顔に。

 この紺色の傘を、貴方に届けるため。
 この雨の中を、二人で帰るために。

 フン、フン、フン。
 いっちに、いっちに。

 行進だ。

 みぎ、ひだり。
 みぎ、ひだり。

 見えてきた。
 あの人のいる駅が、見えてきた。

 みぎ、ひだり。
 みぎ、ひだり。

 らん、らん、らん。

 全体、止まれ。

 いっち、に。

 到着。


「早かったね」

 秀夫が優しく微笑む。

「だって、雨だもん。じっとしてられないよ」

 由利は持って来た傘を手渡す。

「ありがとう」

 バッサア。
 秀夫は勢いよく傘を広げた。
 大きな、大きな、紺色の傘だった。

「この傘も古くなったな」

 秀夫の傘は、ツギハギだらけだった。
 色々な当て布が模様になり、芸術的な雰囲気さえ、かもし出している。

「だってもう私たち、長いもん」

 由利は顔をくしゃくしゃにして、しみじみと言った。

「この傘一本で、一緒に帰ろうか?」

 秀夫は思い付いたように、白々しく言った。

「いいわよ」

 くすりと白髪の由利が笑うと、同じく白髪の秀夫も、にこやかに笑った。

 ちゃぷ、ちゃぷ、ちゃぷ。

 二人いっしょに傘の中。

 るん、るん、るん。

 雨音聞いて、帰る道。