「──ほら、着きましたよ。……主任!」



真新しいマンションの前で停まったタクシーから、半ば強引に沖田を降ろす。

一応、自分ひとりの足で立ててはいるけど……その足取りは、ふらふらとしていて覚束ない。

みちるはちらりと、目の前にそびえ立つマンションを見上げた。

……以前にも1度だけ、この場所には来たことがある。だけどそれは、今日とはまるで状況が違っていて──取引先からの帰り、しかもシラフで、ただマンションの目の前であっさり彼と別れただけだ。


少しの逡巡の後、みちるはタクシー運転手に代金を払い、そのまま帰ってもらった。

千鳥足の上司を、このままここに置き去りにするわけにはいかない。せめて部屋の中に入るところまで見届けて、それから自分は帰ろう。

幸いここは、駅からほど近い。まだ電車もある時間だから、それで帰宅すればいいし。



「行きますよ、主任」

「………」



再び彼の腕を自分の肩にまわさせて、エントランスに向かって歩き出す。

自動ドアを抜けて、オートロックを解除して。

エレベーターに乗って、部屋の前まで来て。

カードキーを開けさせて玄関に足を踏み入れさせてから、ふと。せめて水でも飲ませておこうと、そんなことを思った。

この彼の状態だと、このまま玄関で寝てしまいかねない。

それで風邪をひかれてもやっぱり困ると、みちるは躊躇いがちに、沖田の身体を支えたまま家の中へと足を踏み入れた。



「すみません主任、コップと水道をお借りして──」



そしてちょうど、ひとり暮らしにしては広いリビングまで来たとき。

それまでうつむいていた彼が、急に鋭い目で彼女のことを射抜いて。

彼女が、何事かと口を開く前に──その身体は、フローリングへと押し倒されていた。