「それは“猫還り”。九回倒さなきゃ消えないんです。志紀様……。ごめんなさい。志紀様を傷つけたくはないんですけど……。」
大きなモニターの中に映る志紀が顔を歪める度に「うっ……志紀様ぁ!」といちいち反応が大きい紫呉に、捺里は呆れ顔だった。
今は廃墟となっているある館。
そこが彼らにとって、今の本陣なのだ。
「志紀様はあの女を大切にする。今日見て確信しました。……だから俺はあの女を排除したいんです。だから……裏切る僕をお許し下さい。」
「顔はいいよな。俺好み。」
「んな事聞いてない!!」
黒羽屋を裏切るという一大事にも関わらず、捺里はフーセンガムを膨らませながら、オフィスチェアーでその辺を滑っている。
「気楽だな、お前。」
「ま、俺は別に志紀や黒羽屋なんかに興味ないからな。
志紀の敵になれば、神内永遠子に傷をつけられる。そうすれば……きっと、アイツらも黙ってないだろ。」
俺はそれが見たいんだ、と捺里は言った。
「てめぇ、いっつも言ってるだろ!志紀“様”と呼べと!」
紫呉が何度注意しても、捺里は一向に志紀を敬う様子はない。
それはもう、口癖になってしまった。
「で、お前は何でここにいんだよ?裏切るような奴じゃねーし。ここは黒羽屋じゃねーぞ。」
紫呉も捺里も、視線をある一点に向ける。
そこには、黒羽屋を裏切るはずのない人の姿があったのだ。
「分かってる。」
その人は、感情がないように返事をする。
「それぞれに事情があるのは確かだな。暫くは味方になってやるよ、“キング”。」
捺里は主人が不在中の、一際豪華な椅子に一礼した。
「じゃあ僕は一仕事してくる。
志紀様の強さを揺るがす者に制裁を。」
じゃーなー、と紫呉は歩き出した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『美鞠ちゃん、この上に明希……弟がいるんだ。一緒に上行こう。』
私は扉の前で体育座りで不機嫌な美鞠ちゃんに声をかけた。
「これじゃあ、甲斐原達に礼を言わなきゃいけない。」
ちなみに、女の子扱いされたのも気に触ったらしい。
そんな美鞠ちゃんをなだめて上の階へ続く大きな階段を登る。
上の階で何が起こってるかも知らないで──
『明希来たよ「………姉ちゃん、来るな!」
その部屋は、荒れていた。
物が散乱していて、とにかく滅茶苦茶にカミウチの力を使った後が残っていた。
『明希……?……なにこれ?』
呆気に取られる私と美鞠ちゃんの視界に、鎌を持った少女の姿が映ったのは、すぐの事だった。
「神内永遠子の登場ですか。なんとタイミングの悪い。」
明希と戦っていた手を止めたその少女は表情がなく、人間離れした美しさを持っていた。
「永遠子ちゃん……コイツ、人間じゃない。さっき感じた天命府の気の招待だ……。」
『って事は……この人、天命府の……?』
呆然としていると、その少女は「ま、良いでしょう」と言った。
「人が増えたところで、別に関係ありません。神内明希を速やかに排除しましょう。」
明希に鎌を振りかざそうとする少女の方へ、近くにあった、木製の椅子を投げる。
『コスモスっ、陽!!』
その直後、にゃあと一声、白猫と黒猫が現れる。
『明希を助けたい。手伝って。』
《姫様の弟ですものー。コスモス、全力でお手伝いする所存です☆》
《姫様、あの特訓の成果、見せてやろうぜ。》
そう、特訓をしたの。
黒羽屋から帰ってきた日に、陽とコスモスに花の精霊との協力について教えてもらった。
陽が体を乗っ取ったのは無意識だし、コスモスも勢いだし。
花の精霊は、カミウチの女の子の中でも、花姫っていう花を操る素質を持っていれば現れてくれるものらしい。
ちなみに花姫は全然現れなくて、先代は桜さん。千年ぶりらしい。
《あんたは俺たちの姫なんだ。命令すれば、何でも手伝ってやるよ。》
《名前を呼んでくれれば、いつでもどこでも駆けつけて、憑依しちゃいますよぉ。》
という訳だ。
結局何の特訓をしたかって?
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『花姫!降臨!』
『我、花姫がある限り、この世の悪は許さない!』
そういって私は少女を指さした。
『紫陽花!』
そうして、手でハートを作って、くるりと回り……紫陽花は私に憑依するのだ。
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《あ、ちなみにポーズとセリフは大切ですよぉ。魔女っ子は乙女の夢。それしないと憑依してあげません。》
《それ面白いな、乗った。》
悪ノリしたコスモスのせいで、私は羞恥と戦わなくてはいけなくなった。
まるで、日曜8時半のアニメのような、変身ポーズ……ならぬ、憑依ポーズとセリフを恥ずかしがらずにする練習だよ!!!!


