~季節外れの小さな奇跡の物語~




ーー僕は、元気だよーー




ーー絶対忘れない。あそこから見えた大好きな大好きな桜の木のことーー




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わいはもうずっとここにおる大木や。

何十年もこの病院の病室の患者さんを見てきたんや。

でも今は、わいから真っ正面の部屋のあの人を見てる。

金色の髪に透き通るような白い肌。儚げなその姿で

いつもあの窓から、わいを見てる。

笑顔の時もあるし、泣きそうな日もあるな。

あんまりお見舞いの人はきいへんみたいやけど、おかんらしきひとがよくいてる。
おかんらしき人は、部屋を出て右の突き当たりの外階段でよく泣いてはる。

きっとよくない病気なんやろな。

何でこんなに気になるんかはようわからんけどな


そんなある晴れた日。

病室にあの人の姿がなかった。まさかって変な思いがよぎったけど。

下から声が聞こえてきて、ふっと見たらあの人やった。

はじめてやな。歩いてこれるんやな。まぁ今日はきっもちええくらい暖かいしな。
あの人には聞こえんけど『どうしたん?何かあったんか?』って聞いてみた。

したら、まるで聞こえてたみたいに答えたんや。

『僕、これからいったいどうなるんだろ・・・・。』

わいビックリしたで!会話しとるみたいやったから。

『君はいいね。どうどうとしてて、春には満開の桜。ホントに綺麗で・・・・毎年毎
年あんな綺麗な花を咲かせることが出来て羨ましいよ。』

『おおきに。そんなん言うてくれはったのあんたくらいやで』

会話のような会話じゃないやり取りを、わいらは続けとったな。

『僕はレイって言うんだ。君にも名前あるのかな?あったらおもしろいな・・フフ』

『わいはジョンデ ジョンデって言うんや。』

レイはなん万人に一人の病気で、心臓にかかる負担の為に手術も回数こなすことができないんだってことや、まだ特効薬もないことや、夢のこと、まだまだいっぱいあるやりたいこと・・・・・

いろいろ話してくれはったな。

それから暫くは暑い日も続いたけど、わいの作る日陰が調度、暑すぎる日差しの目隠しになってたからレイはよく来てたな。

立ったまま大きく両手を広げてわいに抱きついてたり、座ってわいに寄りかかったりして、本を読んだり、得意の絵を描いたり、話したり・・・。まぁ話してるっていってもただのちっさい独り言や。

他人から見たら、木に向かって話してる変人や。

でもわいは嬉しかったで。

わいに話しかけてくれるんは鳥ぐらいのもんやったから・・・な。


でも、ある日を境にレイは、来なくなったんや。

ていうか来れなくなったんや。





『もう僕ほんとにダメみたいだ・・・・。』




・・・・・あの言葉を最後に・・・・・・・・。








病室にはいっぱいの機械があって、レイはもうずっと寝たきりや。

わいが、いって励ましたかった。頑張れっていってあげたかった。

わい毎日神様にお願いしたんや。どうかレイを助けて下さいって。

レイが助かるならなんでもするからって。

ほんとに毎日毎日・・・・・・。

レイと出会った、夏の終わりから季節はもう冬間近に変わっていた。

したらある嵐の夜、突然神様の声が聞こえてきて『お前の願いを叶えてやる。だが二度と彼の前に立つことは出来ない。それでもいいか?』と言われたんや。

『ほんまに叶えてくれんのか?ほんまやったら、ええ。立てなくても構わへん。』
『そうか。わかった。では1日だけあげるから、彼に別れを告げて来るといい。』

そう言って神様の声は聞こえなくなった。

『なんや。別れをったって、どうすればええんや・・・・。』

すると不思議なことに、わいはみるみるうちに、人間にの姿になって木の側にたってたんや。

『神様、おおきに。』空に向かってそう叫ぶと、わいは病室へ急いだ。

病院は消灯の時間を過ぎていて静まり返っていた

病室の前に立つと機械の音がやけに響いていた


ドアを静かに開けて、わいはベッドの脇に立ったんや。レイは寝てるみたいやった。いっぱいの管が繋がれていて苦しそうや。

わいは手を握って『レイ頑張りや。あとちょっとで楽になるはずやから。あのこういうの苦手やから上手いこと言えんけど、話しかけてくれてほんま嬉しかったで。レイはわからんかったと思うけど、わいら会話してたんやで、ちゃんと・・・』
苦しんでるレイを見てると、なんだか心臓が痛くなって、話すのもしんどくて・・・・。

すると『・・・・だ・・・れ?母さん?』レイが力ない声で答えたんや。

わいはぎゅっと握る手に力を込めて『ジョンデや』って答えたんや。

『ジョン・・・・・デ・・・・?』

『わいは・・・・わいは・・・信じられんかもやけど、あの桜の木のジョンデや。』

レイはちょっと驚いたみたいやったけど、顔を少しだけこっちに向けたんや。

『桜の木さん?フフ・・・・・名前あったんだね。はじめまして、ジョンデ』

『はじめまして、レイ』

『今はまだ苦しいと思うけど、必ず良くなるはずやから、頑張りいや。んでわいの分まで生きるんやで。あんとき話してくれたやりたいこともちゃんと叶えなあかんで。応援してるからな。約束やで。』

わいは、わいとレイの小指とを固く結んだ。

『・・・・う・・ん。そうできたらいいけど・・・・・。守れそうに・・・・ないよ・・・・。』

時折苦しそうに、申し訳無さそうにレイは答えた


『絶対良くなるはずやから。大丈夫や。話せて良かった。それと明日桜のことみてな。必ずやで』

レイは微かに微笑んで頷いてくれた。

『ほなな。』そうしてわいは、レイの病室をあとにした。




次の日。



嵐も去りそれはそれは見事な快晴でした。

冬にしてはあたたかく雲ひとつありません。


すると突然あちこちの病室から感嘆の声が洩れました。

病院の庭にある大きな桜の木に花が溢れていたからです。こんな季節外れに、満開とはいかないまでも、充分花見が出来るくらいに咲き誇っていたからです。

レイもその花を静かに眺めていました。

『綺麗。ここから見えるあの桜、ホントに大好き・・・・・・』


レイはそういうと静かに目を閉じました。
















その日の夜。


突然稲光のように『バキバキバキ』と耳をつんざくような轟音が轟き、あちらこちらの病室の窓が開いてざわざわと夜の静けさをかきけす中、

一際大きな音と共に

花をつけたままの桜の木が見事なほどに綺麗に崩れ落ちて逝きました。




次の日、レイの病室に人が慌ただしく出入りしてました。

『奇跡ですよ。こんなこと信じられません。』

医師の話によると、レイの難病が嘘のように回復しているらしいのです。少しの治療は必要だが、きっと退院出来るでしょうとのことでした。



レイからも機械が外され、呼吸も楽になり、顔色もかなり良くなりました。

『昨日のあれはなんだったんだろう?確か・・・・・ジョンデ?って・・・。』



・・・・・・・・・・・・・あっ・・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・そうか。そういうことか。・・・・・・・・・





レイは、はっと窓の外に倒れたままの桜の木を見つめ、胸に手をあてました。



そして側で安堵している母に、

『お願いがあるんだけど・・・・・・・』










それから5ヶ月がたち、ついにレイも退院することになりました。

レイは、ほんとなら今頃満開の花を咲かせてるであろう桜の木があった場所へ向かいます。そこには倒れた後の大きな根だけが残っていました。

業者らしき人がいて、かなり虫にやられていたらしいことを教えてくれました。


レイは、いつのもようにその倒れた後の木に寄りかかり、話かけました。

『僕もやっと退院することが出来るよ。あの約束絶対守るからね。ありがとうジョンデ・・・・・・・・。忘れないよ。』

手にはあの日最後にジョンデが見せてくれた綺麗な桜の押し花が握られていました。

するとすーーっと春風が吹いて、頬を撫でていきました。




『レイ、応援してるで』





ジョンデの声が聞こえた気がしました。





~Fin~