拓海がバスルームを出ると、ゆきはカーテンを開け、ソファに座って窓の外を眺めていた。
「寝てなかったんだ」
拓海はタオルで頭をふきながら言う。
「わたしの家は一階だから、こんなにきれいな夜景が見えないんです」
「きれいかな?」
「きれいですよ。きれいだなって思ってみると、きれいなんです」
ゆきが拓海を振り返り微笑む。
拓海の心臓が飛び上がる。
拓海は平常心を装い、ゆきの隣に座った。
「ゆき先生はいつも前向きだね」
「それがわたしのいいところ」
ゆきが笑う。
ゆきの首のラインが美しい。
自分と同じ石けんの香りがする。
拓海は目を閉じ、静かに息を吐いた。
「俺、もう寝るよ」
拓海はそうゆきに言うと、立ち上がり結城の部屋に向かう。
「おやすみ」
気になって一度振り返った。
ゆきは拓海を見つめている。
拓海はゆきを抱き寄せたい衝動を必死に押さえた。
「寝ないの?」
拓海は訊ねた。
「拓海先生は……もう私を抱いたりはしないんですか?」
ゆきが訊ねる。
「……」
拓海は息を飲み込んだ。
ゆきは立ち上がり、拓海に近づく。
手の平を拓海の胸にあてた。
「わたしは、抱いてもらいたいです」
ゆきが言った。
ゆきは拓海の肩に頭をもたれさせる。
彼女の乾ききっていない髪が、暖かい呼吸が、拓海の首にかかる。
拓海は思わずゆきの腰に手を回した。
細いけれど女性的なくびれ。
ゆきが顔を少し離し、拓海の顔を見上げた。
彼女にキスをしたい。
拓海は目をぎゅっと閉じた。
駄目だ。
これ以上は。
拓海は彼女の腰に回していた腕をほどいた。
彼女の肩を押し戻す。
「抱かない」
拓海はゆきから目をそらして言った。
「君を抱くくらいなら、他の女の子を抱くから」
ゆきがショックを受けている様子が、彼女の顔を見なくてもわかった。
ゆきに背を向けて、拓海の部屋の隣の、結城の部屋に入った。
扉を閉める。
真っ暗な室内に、拓海の心臓の音が響く。
ゆきは今きっと、泣いているだろう。
でもこれでいい。
彼女を抱いたら。
抱いてしまったら。
きっと今まで経験したことのないような、幸福感を感じてしまうから。
拓海はベッドに倒れ込み、目を閉じた。

