そうして貴一さんのお父さんへの挨拶を終えると、私たちは貴一さんの部屋に移動した。



「緊張したぁ……」

「あはは、ありがとう奈々ちゃん。お疲れ様ー」


部屋に通されて、貴一さんがドアを閉めた瞬間、私は緊張から解放されてその場でへたり込んだ。

へたり込む私に対し、貴一さんはやけに晴れ晴れとした笑顔だった。



「凄い、緊張した」

「うん」

もう一度しみじみと呟くと、貴一さんはにこにこ笑いながら頷いた。


「お父さん凄く厳しそうな人だし……っ」

「うん。鬼みたいに怖い人だから」


さっきの事を思い出してまだ心臓ばくばくさせてる私。にこにこ笑ってる貴一さん。


「でも、頭下げられちゃった」

「うん。奈々ちゃん認められたんだよ」

「あたし、偽物なのに……」

「うん。けど、後々本物になれば問題ないよね?本当に結婚しちゃう?」

「貴一さんのばかっ!!」



(本当に貴一さんのご両親に婚約者のふりして挨拶しちゃった。嘘ついちゃったよ……)

そのことを実感して怖いやらなにやらで泣きそうになる私。それに対し貴一さんは相変わらずにこにこ笑っていた。

ついでにいつものたらし文句も付けて。

「本当に結婚しちゃう?」だなんて、私の気持ちを知っててまたからかうのだ。そんな貴一さんの言葉に私もついつい怒ってしまう。

半泣きだから全然迫力ないけど。



「きいちさんのばかぁっ」

「わっ、ごめんごめん」


にやけ顔のまま貴一さんが少し慌ててそう言い、私を緩く抱き締める。

それから、小さい子をあやすみたいに、ぽんぽんと背中を優しく叩かれる。


恥ずかしいけど、貴一さんにそうされると何故か不思議と安心する。怒ってるはずなのに、その抱き締める腕を拒めない。

これだから貴一さんは狡い。


されるがままの体制だったけど、私はそっと甘えるように貴一さんの肩口に顔を埋めた。


(あれだけ頑張ったんだし、これくらい甘えてもいいよね?)

と、心の中で誰にともなく尋ねる。

貴一さんはなにも言わなかったけれど、まるで「いいよ」と返事をするみたいに少しだけ抱き締める力を強めてくれた。


これって結構幸せなことかもしれない。