「社長は、フルカワの御曹司よ」

「へっ?」


高坂さんの言葉に思わず間抜けな声が零れた。

御曹司?貴一さんが?あのフルカワの?



「古川社長は、フルカワの大元の一族である古川家の現当主のご長男なの」


高坂さんが淡々とそう話す。私はあまりに突拍子もない話になにも言えなかった。


頭がついていかない。

"怪しいおじさん"の貴一さんは、実は社長さんで、さらには御曹司で。

本当は私なんかには到底手の届かないような人で……。



「へぇー、きーちさんて、ほんとはすごい人なんだぁ」

そう笑って動揺を隠すことで精一杯。
膝の上に置いた紙袋を思わずぎゅっと握り締めてしまう。



「貴女が遊びのつもりなら、早々に別れた方がいいわ。いつか後悔する前にね」


高坂さんが冷たい声でそう言い放つ。
私はなにも言い返せなかった。



(別れるもなにも付き合ってないし……)


そもそも、遊んでるのは貴一さんの方だし。私の気持ち知ってて貴一さんが好き勝手するわけだし。


まぁでも、遊ばれたっていいって私も思ってるから一緒か……。

少しでも貴一さんに好きでいてもらえるのなら、遊びだったってそれでいい。




「貴一さんとは付き合ってません。あたしが、ただ好きなだけです」


そう口にすると、高坂さんは少しだけ車のスピードを落とした。



「好きなだけじゃ、辛いわよ?」

「はい」


そんなの今更。
ただでさえ相手は2周り以上も歳上のおじさんなんだし。


「奈々子ちゃんは若いし、それにとっても可愛い。

貴女ならこれから先の人生で、社長よりもきちんと釣り合いのとれた素敵な相手ときっとたくさん出会うと思うわ」

「そんな人、居るわけないです」

「きっと出会うわ」

「……そうだとしても、あたしは貴一さんがいいんです」


きっぱり言い切る私に、高坂さんは呆れたようなため息をひとつ零した。

それからゆっくりと車を道の端に寄せて停めた。そこは私の家のすぐ近くだった。



「困ったことになったらすぐに連絡しなさい」

ハンドルから手を離し、高坂さんはそう言って名刺を渡してくれた。



「……これ、高坂さんの」


「ええ。私の連絡先書いてあるから。社長になにかひどいことされたらすぐに私に言いなさい。ぎちぎちに絞め上げてあげるから」


そう言って頼もしい笑顔を高坂さんは私に向けた。笑顔とは裏腹に台詞はちょっと怖いけど。


「ありがとうございます」

「いいえ」

今の私には、彼女の優しさがとても嬉しかった……。




(……高坂 歩美さん)

貰った名刺が嬉しくて。心の中で彼女の名前を読み上げる。

秘書課の、高坂 歩美さん。



(……って、あれ?歩美?)

そこでふと、私はある事を思い出した。



歩美という名前。
どこかで聞き覚えがある。


歩美って……



(森川先生の彼女と同じ名前じゃん!!)