「おまえら自主練すんのも結構だけど、後片付けだけはちゃんとしろよな?」
「はい、分かってますって。あっ、先輩お疲れ様でした!」
「おう、また明日な」
挨拶をして礼をする尚人に、先輩は軽く手を挙げて応えた。
「お、お疲れ様でした」
体育館の出口に向かう先輩があたしの横を通り過ぎるとき、反射的に礼をして挨拶をした。
先輩の顔を近距離で見る勇気はないから、自然と頭が下がる挨拶は都合が良い。
だけど神様のいたずらなのか先輩自らの意思なのか、軽やかに動いていた先輩の長い足があたしのすぐそばで歩みを止める。
手入れが行き届いた白地に赤いラインが入ったバッシュの先から、徐々に上へと視線を動かす。
先輩の顔に目線が届くと、言葉を発しようかどうか迷っているらしい瞳と困惑した瞳がお互いを捕らえた。
先輩は一度視線を逸らしたあと、右手を首の後ろに当てながらチラリとあたしを見る。
緊張というか、そわそわしている感じが伝わってきた。
それと同時に先輩が言おうとしていることも分かってしまい、あたしの複雑な気持ちは行き場を失ってしまう。
そんなこともお構いなしに、先輩はすぐそこにいる尚人にも聞こえるような声で言った。
「……あの、さ。この前の返事なんだけど、決まった?」
――決まった?
その一言が告げられる瞬間、尚人と目が合った。
目の前にいる先輩ではなく、その肩越しに見えた尚人と。
自分でもどうしてか分からないけれど、助けを求めるように尚人を見続けた。
でも尚人は瞬き一つせずに無表情のままこっちを見ているだけで、何かを言ってくれるわけでもない。
仕舞いにはフッと、目を逸らされてしまった。
……あぁ、そうか。
それが尚人の、答えなんだ。
こんな場面になっても尚人に何かを求めていた自分が馬鹿らしくて情けなくて。
ものすごく、泣きたくなった。



