「柚奈ごめん、私行かなきゃ!」


慌てて荷物をまとめる。

なのに柚奈は私の書いた計算式をまじまじと見ていた。


「……柚奈、今日無いの?部活。」


よくよく見れば、今教室に残っている人たちは、帰宅部か、いつも部活をサボっている人たち。


騙された気分だ。


だけど柚奈はちゃんと部活行ってるよね?


やけに落ち着いた態度に、違和感を覚えた。


「え?ああ……まあね。」


「行かなくていいの?」


焦りながらも、立ったまま訊く。


本当はすぐにでも行った方がいいんだけど……。


「うん。今日はいいや。」


まるで“今から行ったって仕方ない”


そんな口振りだった。


どうして私ばかりが慌て急がなければいけないんだろう。


不満に思う気持ちが、美術室へ向かおうとする足を確実に遅くする。


「サボるの?」


そんなことしないよね。


ちがうという答えが返ってくると期待を込めて。


「一瑠もサボれば?」


期待外れどころか、それ以下、予想を予想以上に裏切った答えが返ってきてしまった。


悪びれた様子もない。


「サボるくらい、反抗でもなんでもないよ。」


「ね?」と、逆に同意を求めてくる。


「……聴いてたの?」


「なんのこと?」


アキとの話を聴かれてた?


そう疑いたくなる言い方。


柚奈のその返事が、黒か白かも分からない。


ただ、柚奈の纏(まと)うその空気が、なんだかいつもより冷々としていた。


それ以上はさすがに時間が許さず、まだそこに留まろうとする足を、無理矢理動かした。





「ねぇやっぱり全然分かんないよー!」


始めて数分。


予想通りというか案の定。


柚奈はすぐに課題を放り投げた。


全く。


「誰のために休みの日を返上してまで勉強教えてるんだか。」


「あたしですね。すみません。」


冷房の効いた私の部屋で、柚奈は正座に座り直す。


「正解。抜き打ちテスト8点の波多瀬柚奈さんのためです。」


“8点”をいやに強調して言った。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」


見事に最高記録を叩き出した柚奈に、特別課題が出されるのも無理はなかったのだ。


さすがに一桁は慰められない。


いよいよ0点も目前か。


嫌味っぽく溜め息をついてみる。


「10分、休憩したら再開ね。」


「一瑠様……!」


「そしたらホントにやるからね?」


「持つべきものは、頭のいい友だよねー!」


絶対やる気ないな、こいつめ。


でも悪い気はしない。


私、甘やかしすぎてるのかな。


柚奈のペースにハマってきた気がすごくする。


「あ!ねぇもう読んだ?」


「え……?
 ……ああ。」


どぶ川……じゃなかった。

“ケータイのどぶ川”か。


「ごめんまだ。最近色々忙しかったから。」


間髪入れずに言い訳したけど、それでも柚奈は気に食わないらしかった。


口角を下げて、不満気に見つめる。


「本当に忙しかったんだって!でももう落ち着いたから……。」


“今日から読む”


そう続けようとしたけど、


「“友紀ちゃん”?」


「……は?」


柚奈の言葉が、それを遮(さえぎ)った。


「なんでもない」


嫌味?


そこで柚奈の口から“友紀ちゃん”の名前が出てくるのは、どう考えても不自然だった。