ちらっと顔が見えた。


もちろん部長と山吹先輩ではなかった。


少しだけ期待していたので、ほっとしたような、残念なような。





「たーだーいま一」


飲み物片手に入室。


自分でも気のぬけすぎた声をだしたと思った。


「一瑠おかえり!」


曲を転送しながら返事をくれたのは柚奈。


今度はアキの熱唱タイムらしかった。


立ちながら振り付けつきで歌うアキが目に入る。

アキ……。


多分ね、そこ通行人から見えるよ?


音が漏れてるのを気にしないくらいだから、それも気にしないのか。


歩乃香の横に腰をおろした。


「おかえり。」


「ただいま。」


アキの大きな歌声とは、全く違った奥ゆかしい声色で言われる。


改めて“ただいま”を言ってしまった。


歩乃香は私の手のガラスコップをじっと見つめる。


「アイスココアだよ。」


後ろ姿が部長似の人がいれていて、つい飲みたくなってしまった。


……ということは、わざわざ言う必要はない。


特になんのコメントもせずアキに視線を戻した歩乃香。


柚奈は合いの手をいれている。


「……あのさ、歩乃香。」

「なに?」


少しだけ声を落とす。


首を10度、傾けた。


やっぱやめたは、できなくなった。


「ちょっと……聞きたいことがあるんだけどさ。」


“ここじゃ話しにくい話”


一連の流れで、それを察したみたいに、口を微かに開いた。


「わたし、トイレ行ってくる。」


かと思えば、いきなり立ち上がった。


スルーされたのかと動揺して、おろおろと視線を彷徨(さまよ)わせる。


「一瑠ちゃん、わたし場所分からないから着いてきてくれない?」


「わ、分かった!」


感心して反応が僅かに遅れてしまった。





「ん。聞きたいことって?」


私達の部屋からは、比較的遠い所にある女子トイレの一室。


遠いといっても、着いていって案内するほどの距離ではない。


鋭いアキには、色々気付かれていたかも知れない。


2人を残したことに少しだけ罪悪感。


「そこまで大した話じゃないんだけどね。」


“大丈夫だから早く話して”


歩乃香の無言の頷きに催促される。


本当にトイレに入る必要はなかったのだが、幸い誰も入ってはいなかったし、ちょうどいいか。


「美術部の先輩達が付き合ってるって噂のことなんだけど。」


予測していたのか、いなかったのか。


どちらともとれない顔をする。


「有名っていうのは、嘘だった?」


ずいぶん先を急いでしまった質問に、自分自身焦る。


和らげるために、かがんで斜め横から顔を覗いた。


それでも駄目だったみたいで、歩乃香はなにも言ってくれない。


トイレ近くの部屋から音漏れした歌声が聞こえてくる。


知ってる歌だ。


歌っている人は男。


そして、とても音痴。