15分ほどすると、先輩達はアポイントをとり終え、帰ってきた。


…二人足りないが。


「保育園とか、なつかしかったよ」


乱雑な荷物の置き方をする部長は、どこか楽しそうで。


席について大きく伸びをしたところを見計らって、友紀ちゃんが声をかけていた。


「部長は保育園に行くらしいね」


その様子をカナンも見ていたようで、伺うようにそう言ってきた。


「職業体験か…受験生なのに、大変だよね」


「だーよねー」


夏休みに入る前に、総合の時間にやるらしい。


部長は保育園か…


ということは、山吹先輩も同じなのかな。


保育園でお仕事をする二人の姿を想像したら、少し笑えた。


頭の中に浮かんだエプロン姿の二人が、お付きあいをしている仲だと思えば、


なんだかおかしくて。


そうだ。


千尋先輩はどこにお手伝いしにいくのかな。


ちょっと気になる。


ケーキ屋さんとか、飲食店辺りかな。


どれも似合う。


先輩が大人っぽいイメージがあるからか、どんな仕事にあてはめてみても違和感がない。


気になる。


…訊いてみようか


いやいや、私から話しかけるのか?


そこまでの用件じゃないしな。


友紀ちゃんが聞き出してくれないかな。


しかし友紀ちゃんは、部長や渡辺君といった派手なタイプの人達とお話し中。


席も離れている千尋先輩に話がふられることはないだろう。


ここは…しかたない。


席を立とうとしたとき、

「あ、いち。バケツの水替えるならこっちもよろしく」


カナンの一言で閃いた。

「うん」


そうだ。


バケツの水を替えるという名目で近づけばいい!

ナイスアイデア。


千尋先輩の席は一番窓側の後ろから二番目。


水道は窓側。


「ありがとう、カナン」

「なにが?」


もはやカナンのパシりになっていることなど気にしていなかった。





絵の具で少し汚れたステンレス製の水道。


蛇口を捻りすぎれば、跳ね返った水が顔にかかってしまう。


バケツのなかの色水を流し、向きを変えれば、千尋先輩が目の前で作品づくりをすすめていた。


今度はなにを描いているんだろう。


これは…スケッチ?


椿と、猫。


白黒で、椿の部分にだけ、紅く水彩絵の具で色が塗られている。


どう塗ったら、こんなに立体感がでるのだろう。

どこか幻想的な雰囲気に引き込まれる。


「卒業制作は、まだやらないんですか?」


かがんで手元を覗き、声をかけていた。


「ん?」


水彩画みたいな優しい声色で反応してくれる。


先輩が顔をあげてしまったから、なんだか近い距離で見つめあうことになってしまった。


先輩が美人ゆえ、気恥ずかしさに目をそらす。


「卒業制作なら、構想は斉賀さんと山吹さんにまかせてるよ」


「そうなんですか」


みんなで考えるんじゃないんだ…