さらに悔しそうな顔をする。


「一瑠なぞしらぬわ!」

諦めたのか。


布団にくるまってしまった。


ふて寝…


子供か


心の中で突っ込んでみる。


それより暑くないのか?

と、思ったら布団から腕がのびてきて…


テーブルの上にあったリモコンをとった。


暑いなら出てくればいいのに。


頭までスッポリと布団を被り、リモコンを握った手だけが出ているのは…

ちょっと異様だ。


クーラーの電源を入れたは良いものの、温度の設定が上手くできないようだ。


「何度?」


見かねてリモコンを取り上げ訊けば、


「……26」


と、ふて腐れたように答えた。


とりあえず28度にしておく。





よくよく見れば、前に来たときよりも綺麗になってる…?


床に積まれていた教科書は無くなっているし、


ベットの枕元にあったクマのぬいぐるみはタンスの上に移動している。


…そっか。


そうだよね。


本棚にあった漫画の中身も、3ぶんの1くらい変わっている。


好みだって、変わるよね。


だけどタンスの上のいくつかの写真たては、何一つ変わってなくて恥ずかしくなる。


そのなかにある保育園のときの、卒業写真。


今よりずっと幼い柚奈と、私。


あのときから柚奈は私のことを“一瑠”って呼んでたな。


お互いの呼び名、出会ったときは、なんだったろうか。


最初から、呼び捨てで呼んでいたっけ?


覚えてない。


柚奈との思い出は、覚えているんだなけどな。





「ねぇ、いい加減機嫌なおして?」


クーラーが効いてきて、涼しくなったとはいえ、いつまでも私を放って布団にまるまるのはやめて欲しい。


「からかったのは悪かったって。柚奈が私の好きなものに興味持ってくれて嬉しかったよ?」


柚奈芋虫がもぞっと動いた。

本当、仕方ないな。


そんな風に思いつつも、今の私は、多分笑っていると思う。


「おーい。」


「なに?」


小さく顔を覗かせた。


「それ、柚奈が読み終わったら借りていい?」


「“とぶ川”?いいよ」

「どんな話なの?」


もう一度本を手にとって、表紙を見る。


右上にどぶの絵が描いてあって、その汚水に青空が映っている。


それだけの、シンプルで少し不穏な表紙絵。


「ん?えーとね」


柚奈は気を良くしたようで、布団を足で蹴って払った。


「いや、あたしもまだちょっとしか読んでないんだけどね」


「うんうん」


「24歳の主人公がね、自分のガラケーをついにスマホに変えようと、ケータイショップにいくの」