『市川さん……』
桜が泣いているのを見るのは初めてだった。
どんな時でも顔色一つ変えなかった桜。
目の前で悪口を言われても全く動じなかった桜が見せた涙に、ぎゅっと胸が締め付けられた。
どうして今まで気づいてあげられなかったんだろう。
悪口を言われて動じない人なんていない。
気にしない人なんていない。
桜だって本当は辛かったんだ。悲しかったんだ。苦しかったんだ。
だけど、ずっと我慢していたんだ。
『カメってね、汚い水を飲むと脱水症状になっちゃうんだって。きっとそれで……。あたしが掃除してあげなかったから……』
『市川さん……、ごめんね。あたしも手伝えばよかったね。本当にごめん……』
あたしは震える桜の手をギュッと両手で握りしめた。
自分のことばかり責めないで。
『大丈夫。大丈夫だから……』
どんな言葉で励ませばいいのか分からずにそう繰り返すあたしに桜は微笑んだ。
目を潤ませて微笑む桜に胸を打たれる。
『鈴森さん……ありがとう……』
桜はすがるようにして泣き続けた。
あたしはただ黙って桜の背中をさすり続けた。
それからすぐ、カメは脱水症状から回復して再び教室に戻ってきた。



