「・・・これ、何?」



気が付くと、女は毛布を頭から被り、部屋の隅に座り込んでいた。

嫌な予感がした。

あ、やっぱり・・・。
彼女の元に近付いて、その予感は的中していたことを知る。


壁に取り付けられた特殊なマイクと、そこから繋がったアンプ。
さらにそのアンプから伸びるヘッドホン。

彼女はその、怪しすぎる器材に、完全に興味を示していた。



「もしかしてこれ・・盗聴器ってやつ?」



面倒なことになった。

こういうとき、咄嗟に嘘をつけないのも、僕の愚かなところだ。

ただ、あからさまにあたふたしていると、彼女はヘッドホンを手にした。



「これ、どうやるの?」



予想外の反応。
もっと、引かれたり、気持ちわるがられたり、逃げられたり、するのかと思ってたから。

幾らか、安心する。

電源を入れて、音量の調節の仕方などを教えてあげると、彼女はイタズラをする子供のようにはしゃぎ始めた。



「すごい!よく聞こえる!」


「どんな?」


「・・・何だろう、電話してるのかな」


「ちょっと、貸してください」



彼女から、ヘッドホンを取り上げる。

電話、って・・誰とだろう・・・



『んー、大丈夫やって。もう、おかん心配しすぎよ。うん、分かってる。』



どうやら、母親と電話をしているらしい。


ということは・・・・



彼女は痛々しいほどに明るい声色で、じゃあまたね、と口にして、電話を切った、直後にため息を溢した。

やっぱり。

家族と電話をしてるときの彼女は、いつもそうだ。
いつも、無理矢理明るく振る舞って、電話が終わると、一人、深いため息をつく。



『・・・・もう、どうしたらええんやろ』



そう呟く、弱々しい声が耳を伝って、僕の身体中を憂鬱でいっぱいにした。
喉の奥がぎゅっと狭くなるみたいに、息苦しい。



僕は一年前から、このアパートに住み始めた。
302号室に住む桜田レミの隣の、301号室に部屋を借りて。


全ては、彼女のことを深く知るためだった。

脆くて、今にも壊れてしまいそうな彼女の闇を、ちゃんと理解し、僕が救ってあげたいと思ったから。