「ほらほら騎士さま! 見た? 魚!」

「ね? 空中を泳いでるでしょ! 水なんてないのに!」

その話に、店主もため息をつきつつ加わってくる。

「ご覧の通りですよ、騎士様。
魚なんてどこにも居やしないんです。
魚が空なんて飛ぶわけないんですからね。
魚どもは、鏡の中に住み着いているんですよ。
それだっておかしな話なのはわかっています。
ですが、そうとしか考えられないんですよ。
別に魚どもが何か悪さをしてるってわけじゃありませんよ。
今のところはね。
ですが、どうにも気味が悪くってねェ」

「なるほどね…」

スリサズは、鏡と店主、そして子供達を見比べた。

「ねーねー騎士さまー!
騎士さまは、このイヘンを調べにきたんでしょー?」

「騎士さまー! このイヘンって、サイヤクのヨチョウなのー? パパもママもそう言ってるのー!」

スリサズはまとわりつくちびっこ二人を無言で引き離し、両手で二人の頭を撫でた。

今はまだ、その話はしない方が良い。





町長の家の前で子供達と別れ、スリサズは、大きめのサザエで作られた、この町独特の呼び鈴を鳴らした。

家の中から「ちょっと待って」と老婦人の声がする。

しかしここでスリサズは急に息苦しくなった。

「ヤバイっ!」

靴につけた重りを慌てて外す。

するとスリサズの体は、ゆらり、ふわりと浮き上がった。

すぐに屋根を見下ろすほどの高さになり、更にぐんぐん上昇していく。

町長の妻の、品の良い白髪のフィーナ夫人が、玄関の戸を開け、まさか頭上に人が居るとは夢にも思っていない様子で、不審そうに左右を見回す。

スリサズから、町の景色が遠ざかる…





海面から顔を出し、スリサズはヘルメットを取って、大きく息を吸い込んだ。

青い空の下、穏やかに光る波。

遠くには、港が見えて、漁船が行き交う。

スリサズは近くに浮かぶ筏(イカダ)に泳ぎ寄った。

筏の上には手漕ぎ式のポンプが置かれ…

ポンプの取っ手に、年老いた男性の人魚がもたれかかっている。

「ビレオさん、大丈夫?」

「すまんな。少し休ませとくれ」

スリサズに問われ、老人魚は弱々しく微笑んだ。

ポンプから伸びるホースは、スリサズの潜水服に繋がっていた。