この運命を奇跡と呼ぶならば。


斎藤の言う通り耳を澄ませると男の声が少しずつ近づいて来ていた。


その瞬間、緩んでいた場に緊張が走る。永倉も腰に穿いてある刀の柄に手を掛け先程とは別人と思えるような面持ちに切り替わる。


原田は路地から少し顔を覗かせ、月明かりに照らされている男の顔を確認する。その男は間違いなく伊東で、その足取りは酔っ払っているせいかかなり覚束無い。


伊東は一歩ずつ確実に近づいて来ていた。…だが、その足取りがふと、止まる。


「…そこにいるろはられれすか(そこに居るのは誰ですか)。」



伊東が呂律の回らない口調でふにゃふにゃと声を発する。しかし、それだけでそこの空気は異常な雰囲気に包まれた。


(気付かれた…?)



桜の心臓が、ドクドクと早鐘を打つ。



「伊東さん、どうなさった。」


「そこに居るのはわかっているろれす(そこに居るのはわかっていのです)。」


「伊東さん、少々呑みすぎましたかな。誰もおりませんよ。」