へたれ王子



「何も怪しくなかったですよ」



あたしがそう言って佐伯さんを見るけど、佐伯さんは



「え、あんたまさか田中の噂を知らないわけ?」



そう言って顔をしかめた。



「噂…ですか?」



田中先生の噂なんて聞いたことがない。

だってあたし、噂を教えてくれるような女友達とか、いないし。


そう思いながら「知らないです」って言ったら、佐伯さんが化粧直しをしながら言った。



「田中はね、あんな良い先生ぶってるけど本当はとんでもない奴なの」

「とんでもない奴…?」

「そう。あんた、気をつけなさいよ。ウカウカしてると、菊池先輩とられちゃうかもね」

「!!」



佐伯さんはそう言って笑うけど、でもすぐに「…あ、菊池先輩ならとられても平気か」って呟く。


いや、平気じゃないし!


あたしがそう思いながらも「…そう見えないですけど」と田中先生が出て行った入り口を見ながらそう言うと、

佐伯さんは鏡から視線を外してあたしに言った。



「何言ってんの!わざとそう見えないようにしてるの!じゃなきゃ教師なんて勤まらないでしょ!」

「…そ、そうですね」

「……」



…うぅ、確かに佐伯さんの言う通りだ。

あからさまに悪い態度を出していちゃ、絶対に教師失格。

バカか、あたしは。


そう思って小さくため息を吐いたら、ちょっと黙ったあと佐伯さんがまた口を開いて言った。



「…とにかく、好きなら田中に流されないことね」



佐伯さんはそう言うと、化粧品をポーチに仕舞った。